対象読者

  • NGS、single-cell RNA-seq、空間トランスクリプトミクスなどの基本的な技術を理解しており、関連する技術開発や企業動向に関心がある研究者・技術者。
  • Illumina以外のNGSプラットフォームの動向や、ゲノム解析市場の競争環境について知りたい方。
  • ゲノム解析技術が今後、機能ゲノミクス、創薬、臨床診断、AIによる生命科学研究へどのように展開するかに関心がある方。

要約

  • Element Biosciencesは、Illuminaに対抗する新興NGSメーカーから、シーケンシング、single-cell multiomics、空間解析、機能ゲノミクス、臨床シーケンシングを統合するプラットフォーム企業へと進化しつつあります。
  • 2025年の推定売上高は8,500万ドルで、前年比約40%増でした。累積設置台数は450台を超え、装置の普及と消耗品の利用拡大が進んでいます。
  • 独自のAvidite Base Chemistry(ABC)は、高精度・低コストのshort-read sequencingを実現する基盤技術です。2026年には大規模NGS市場を狙うVITARIも発表されました。
  • AVITI24とDirect In Sample Sequencing(DISS)は、遺伝子発現、タンパク質、細胞形態、遺伝子摂動などを同一細胞で統合的に測定する技術であり、同社の中長期的な競争力を左右する可能性があります。
  • 今後の成長には、NGSの導入拡大だけでなく、multiomicsの実用性、臨床市場への浸透、独立した性能検証、知的財産リスクへの対応が重要になります。

※本記事は2026年11月1日時点の公開情報に基づきます。製品性能、売上高、導入台数などについて、メーカーの公称値と第三者による検証結果を区別して記載します。また、将来の事業戦略に関する分析・予測は、公開情報を基にした筆者の見解です。

1. Element Biosciencesとはどのような企業なのか

Element Biosciencesは、米国サンディエゴを拠点とする非上場のライフサイエンス機器企業です。共同創業者でCEOのMolly He博士のもと、独自のDNAシーケンシング技術を中核とした事業を展開しています。[1][12]

同社を理解するうえで重要なのは、単なる「Illuminaの競合NGSメーカー」として捉えるだけでは不十分になっていることです。

Elementは現在、次の3つの市場で競争を進めています。

  1. IlluminaとのNGS市場競争:独自のAvidite Base Chemistry(ABC)によって、高精度・低コスト・柔軟なスループットを実現することを目指しています。
  2. 10x Genomicsなどとのmultiomics競争:AVITI24とDirect In Sample Sequencing(DISS)によって、細胞形態、遺伝子発現、タンパク質、遺伝子摂動を同一細胞で統合的に測定することを目指しています。
  3. 臨床ゲノミクス市場への参入:研究用途のNGSから、規制対応した診断向けプラットフォームへ事業を広げています。

2026年は、こうした3方向の戦略が具体的な製品展開に結びついた重要な年です。

2月には高スループットのNGS装置であるVITARIが発表されました。10月にはCRISPRスクリーニング向けmultiomics workflowであるCytosが初出荷され、さらに欧州10カ国でAVITI Dxの商用販売が開始されました。[5][7][8]

つまり、Elementは研究用NGS装置を販売する企業から、複数の研究・診断市場に対応するプラットフォーム企業へ移行しようとしていると考えられます。

1.1 Elementの主な製品

現在の製品群は、次のように整理できます。

製品 位置づけ 主な特徴
AVITI / AVITI LT 研究用NGSの基盤製品 日常的なshort-read解析におけるコスト、精度、運用効率を重視
AVITI24 NGSとmultiomicsの統合プラットフォーム シーケンシングとイメージングを組み合わせ、同一細胞の多次元解析を実現
Cytos AVITI24向けmultiomics workflow CRISPR摂動、細胞形態、タンパク質、transcriptomeを同一細胞で解析
VITARI 高スループットNGS 最大100億reads/runを掲げ、大規模ゲノム解析市場を狙う
AVITI Dx 臨床向けNGS EU IVDRに対応するIVDプラットフォーム

これらの製品には、共通する技術基盤としてABCがあります。一方、AVITI24では、塩基配列の読み取りに加えて、試料内での分子検出と画像解析を組み合わせるという新しい方向性が導入されています。[2][4][5][7][8]

同社の競争力を評価するには、NGSの性能だけではなく、こうした技術の統合によってどのような新しい実験が可能になるかを考える必要があります。

1.2 この企業の戦略をどう見るべきか

Elementの戦略は、短期的な収益基盤と長期的な成長機会に分けて捉えると理解しやすくなります。

短期的には、AVITIシリーズの設置台数を増やし、試薬やフローセルなどの継続的な消耗品売上を拡大することが重要です。

一方、中長期的には、AVITI24を中心とするmultiomicsや空間解析が、単純なNGSの価格競争とは異なる価値を生み出す可能性があります。

特に注目したいのは、シーケンシングを単なる核酸配列の読み取り技術ではなく、細胞の形態や機能を測定する技術と統合しようとしている点です。

この方向性が成功すれば、ElementはIlluminaの代替となるだけでなく、single-cell biologyや機能ゲノミクスの実験手法そのものに影響を与える企業になる可能性があります。

ただし、技術的な独自性と事業上の成功は区別する必要があります。Illuminaの圧倒的な導入実績、10x Genomicsの既存エコシステム、知的財産をめぐる競争、新技術の独立検証などは、依然として重要な課題です。

2. 企業の現状:成長する売上高と装置の普及

Elementの現在の事業規模を知るうえで、2026年1月のJ.P. Morgan Healthcare Conferenceにおける経営陣の発表が参考になります。[1]

2.1 2025年の業績と事業規模

同社が発表した主要な指標は次のとおりです。

指標 2025年の数値・状況
推定売上高 8,500万ドル
売上高成長率 前年比約40%増
累積設置台数 450台超
設置台数の成長率 前年比60%超増
消耗品キット出荷数 前年比2倍超
稼働ラン数 前年比2倍超
導入地域 40カ国超

出典:Element Biosciences、2026年1月12日のJ.P. Morgan Healthcare Conferenceにおける会社発表。[1]

なお、売上高は会社による推計値であり、監査済みの決算数値ではありません。

売上高の推移を比較すると、次のようになります。

年 売上高
2024年 約6,000万ドル
2025年(会社推計) 約8,500万ドル

この成長率は、研究機器メーカーとして事業拡大が進んでいることを示しています。

ただし、さらに注目したいのは、設置台数の増加だけでなく、消耗品の出荷数量や装置の稼働ラン数も大きく増加していることです。

NGS装置メーカーのビジネスモデルでは、装置本体の販売に加え、導入された装置で使用される試薬やフローセルなどの継続的な売上が重要になります。

装置が売れても、その後の利用頻度が低ければ、消耗品売上は十分に成長しません。

その点、Elementでは2025年に消耗品キットの出荷数量と稼働ラン数が前年比2倍超になっているため、少なくとも既存顧客による利用が拡大している兆候があります。[1]

一方で、試薬売上の絶対額、粗利益率、装置1台当たりの年間売上などは、この発表から確定できません。

したがって、将来の収益性を評価するには、単に設置台数を見るのではなく、装置の稼働率や消耗品売上がどの程度増加するかを継続的に確認する必要があります。

2.2 資金調達の状況

Elementは、事業拡大に向けて大規模な資金調達を実施しています。

2024年7月にはSeries Dで2億7,700万ドル超を調達し、累積調達額は6億8,000万ドル超に達しました。[12]

さらに2026年6月には、Series Eの拡大ラウンドを発表しました。

このラウンドにはSamsung Electronicsからの1億7,500万ドルが含まれ、その他の投資家も参加しています。ただし、Series E全体の調達額は公表されていません。[9]

調達資金の用途としては、VITARI、AVITI24、AVITI Dxなどの商用化、グローバル展開、次世代製品の研究開発などが挙げられています。

このような資金調達の状況を踏まえると、Elementはすでに基礎技術の実証を行う初期段階のスタートアップではありません。

商用製品を持ち、装置の設置台数と継続的な売上を拡大する成長段階に入っていると考えられます。

ただし、年間売上高約8,500万ドルという規模から、世界のNGS標準プラットフォームを置き換える段階に到達したと解釈するのは早計です。

今後は、開発した技術をいかに大規模な商用ビジネスへ転換できるかが問われます。

3. コア技術:Avidite Base Chemistryの特徴と競争力

Elementの技術的な独自性を理解するには、同社のAvidite Base Chemistry(ABC)を知る必要があります。

ABCは、DNA増幅、塩基認識、DNA伸長の仕組みを、従来の一般的なIllumina型sequencing-by-synthesis(SBS)とは異なる形で設計した技術です。[2]

3.1 Illumina型SBSとの違い

Illuminaの標準的なSBSでは、蛍光標識されたreversible terminator nucleotideをDNA鎖に取り込ませ、その蛍光シグナルを読み取り、修飾基を除去して次のサイクルへ進みます。

この方法では、塩基の取り込みと検出が密接に結びついています。

一方、ElementのABCでは、塩基認識とDNA伸長を分離しています。

技術 塩基認識・DNA合成の基本的な流れ
Illumina SBS 蛍光標識された塩基の取り込み → 撮像 → 脱保護
Element ABC 多価Aviditeによる塩基認識 → 撮像 → DNA伸長

出典:Element BiosciencesによるABCの技術解説。[2]

この設計には、大きく3つの特徴があります。

3.2 Rolling Circle Amplificationによるpolony形成

第一の特徴は、Rolling Circle Amplification(RCA)によるpolony形成です。

Illuminaのbridge amplificationではPCRによるDNA増幅が行われますが、Elementでは環状DNAを鋳型とするRCAが用いられます。

この違いによって、原理的にはPCRによる逐次的な増幅エラーの伝播を抑制できます。

また、増幅過程に起因するindex hoppingの問題への対処にもつながります。

ただし、ライブラリー調製の上流で発生したPCRエラーまでなくなるわけではありません。

3.3 Aviditeによる多価結合型の塩基認識

第二の特徴は、Aviditeを利用した多価結合型の塩基認識です。

蛍光シグナルを持つ多価のAviditeが鋳型上の塩基を認識し、安定した結合によって読み取り信号を生成します。

従来の蛍光標識ヌクレオチドを取り込む方式とは異なるため、塩基認識反応の最適化に新しい自由度が生まれます。

3.4 塩基認識とDNA伸長の分離

第三の特徴は、塩基認識とDNA伸長を独立した反応として設計していることです。

塩基検出とポリメラーゼ伸長の反応条件を個別に最適化できるため、高いsignal-to-noise ratioや、長いreadにおける品質の維持につながると考えられます。

また、蛍光修飾塩基の取り込みと、その修飾基の除去を必須としない点も重要です。

こうした設計が、ABCの高精度なshort-read sequencingを支えています。[2]

3.5 シーケンシング精度は実際に優れているのか

ここでは、メーカーの公称性能と第三者による検証結果を区別する必要があります。

2025年に発表された論文「Accurate human genome analysis with Element Avidity sequencing」は、Elementの性能を理解するうえで有力な資料です。[3]

この研究では、ElementのヒトWhole Genome Sequencing(WGS)データをIlluminaと比較し、次の結果が報告されています。

  • 30〜50×程度の高coverageでは、mappingおよびvariant calling accuracyはおおむね同等でした。
  • 20〜30×の低coverage域では、Elementの優位性がより明確でした。
  • Homopolymerやtandem repeat領域では、Elementのbase error rateが低いことが報告されました。
  • 長いinsertを使用したpaired-end解析では、variant callingがさらに改善しました。

この結果が興味深いのは、単にQ-scoreが高いという点だけではありません。

シーケンシングエラーの特性が異なることによって、従来のshort-read sequencingでは解析が難しかった領域に追加的な価値を生む可能性があります。

ただし、高いQ-scoreが、そのままあらゆるvariantの高精度な検出を保証するわけではありません。

例えば、次のようなvariantでは、性能を評価する際の指標が異なります。

  • Single Nucleotide Variant(SNV)
  • Small insertion/deletion(indel)
  • Structural Variant(SV)
  • Copy Number Variant(CNV)
  • Repeat expansion
  • Low-VAF mosaic variant

また、Elementもshort-read sequencingである以上、長大な反復配列や複雑な構造変異の解決には制約があります。

このような領域では、PacBio HiFiやOxford Nanoporeなどのlong-read sequencingが重要な役割を担います。

したがって、ABCはshort-read sequencingの有力な進化ですが、long-read sequencingを全面的に置き換える技術ではありません。

3.6 AVITIシリーズの性能

Elementが展開する主要な研究用NGS装置は、次のとおりです。

製品 最大read数(dual-sided run) 主な用途・位置づけ
AVITI LT 10億 小規模研究室
AVITI 20億 中規模NGS
AVITI24 30億 NGSとmultiomics
VITARI 100億 大規模WGS・RNA-seq

これらは主に2×150 bpのメーカー公称仕様に基づく数値であり、使用するキットやrun条件によって変化します。[4][7]

AVITIでは、2×150 bpで90%超Q30の設定に加え、Cloudbreak UltraQで90%超Q40、70%超Q50という公称値が提示されています。

Q-scoreと塩基判定エラー確率の関係は、次のようになります。

Q-score 理論上の塩基判定エラー確率
Q30 0.1%
Q40 0.01%
Q50 0.001%

ただし、実際のシーケンシングエラーには配列コンテキスト依存性やsystematic errorが存在します。

Q-scoreは重要な指標ですが、それだけで最終的なvariant calling性能を判断することはできません。

4. AVITI24とDirect In Sample Sequencing:multiomicsへの展開

Elementの製品群の中で、中長期的に最も戦略的重要性が高いと考えられるのがAVITI24です。

AVITI24は、一般的なNGS装置として使用できるだけでなく、細胞を試料としてそのまま解析するmultiomics機能を持っています。[4]

その中核となる技術がDirect In Sample Sequencing(DISS)です。

4.1 従来のsingle-cell RNA-seqとの違い

一般的なdroplet-based single-cell RNA-seqでは、細胞を単離し、溶解した後、mRNAをbarcode化してライブラリーを調製します。

この方法によって、個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に測定できます。

しかし、細胞を溶解するため、元の細胞形態や細胞内局在に関する情報の多くが失われます。

AVITI24のDISSは、この制約に対して異なるアプローチを取っています。

その基本的な考え方は、試料内部で核酸配列を直接読み取り、細胞の形態情報と分子情報を結びつけることです。

従来型のsingle-cell RNA-seqとDISSの基本的な流れを比較すると、次のようになります。

従来型single-cell RNA-seq DISS
細胞懸濁液を準備 細胞・組織試料を準備
細胞をcaptureし、lysisする 試料内で反応を行う
Library preparationを実施 試料内で配列検出と撮像を実施
NGSによって配列を読み取る 形態と分子情報を統合して解析する

これは技術コンセプトを簡略化した比較です。実際の測定プロトコルはアッセイによって異なります。

重要なのは、DISSによって、形態と分子情報を同じ細胞に直接対応づけられる点です。

single-cell biologyでは、これまで「形態を見る実験」と「遺伝子発現を見る実験」が、異なるワークフローとして実施されることが一般的でした。

DISSは、この分断を解消しようとする技術と位置づけられます。

4.2 Cytosによる同一細胞のmultiomics解析

2026年10月19日、ElementはCytosの初出荷を発表しました。[5]

CytosはAVITI24で利用するmultiomics workflowで、CRISPRスクリーニングや細胞表現型解析などを主な用途としています。

同社によれば、同一細胞から次の情報を取得できます。

測定対象 得られる情報
Guide RNA どのCRISPR perturbationが導入されたか
Cell morphology 細胞形態、細胞内構造、画像ベースのphenotype
Protein expression 選択したタンパク質マーカーの発現
Transcriptome 同一細胞の遺伝子発現プロファイル

この特徴は、単に複数種類のデータを取得できることではありません。

同一細胞について、遺伝子摂動、転写応答、タンパク質発現、形態変化を直接結びつけられることが重要です。

なお、Cytosのtranscriptome測定は、従来のfull-length RNA sequencingと同じものではありません。

基本的には3′側を中心とした遺伝子発現測定であり、isoform解析などには制約があります。

4.3 CRISPRスクリーニングとの相性

Cytosの特に興味深い応用分野が、CRISPRスクリーニングです。

従来のPerturb-seqでは、guide RNAと転写応答を同一細胞にリンクできます。

一方、high-content imagingでは、形態や細胞内構造の変化を豊富に測定できます。

しかし、画像から得られる表現型と、遺伝子摂動や転写応答を直接結びつけるには、追加的な実験設計や技術的工夫が必要でした。

Cytosは、この2つのアプローチを統合しようとしています。

特に、次のような研究で価値が高いと考えられます。

  • CRISPR knockout、CRISPRi、CRISPRa screening
  • 薬剤のmechanism of action解析
  • iPSC由来細胞を用いた機能的疾患モデル
  • Synthetic lethalityやdrug resistanceの解析
  • 遺伝子摂動に伴う細胞内構造・シグナル変化の解析

例えば、ある遺伝子をknockoutした結果として、転写プロファイルに変化が生じるだけでなく、細胞形態や細胞内構造にどのような変化が起こるかを同一細胞で調べられれば、機能ゲノミクスの研究にとって大きな価値があります。

ただし、同一細胞でデータを統合できることと、すべての変化について因果効果を厳密に同定できることは別です。

Guide multiplicity、off-target effect、細胞状態による交絡、画像特徴量の再現性など、Perturb-seq研究で知られている課題は残ります。

4.4 空間解析への展開

Elementは、AVITI24を使用した組織内直接シーケンシングも開発しています。

対象として想定されているのは、FFPEおよびfresh frozen tissueです。[4][6]

この技術で特に注目したいのは、単純な空間遺伝子発現解析だけでなく、発現している遺伝子変異を組織内の位置情報と直接結びつけることです。

例えば、がん組織において、特定のドライバー変異を発現する細胞集団がどこに存在し、その周囲にどのような免疫細胞が存在するかを同一試料から解析する可能性があります。

これは、次のような研究にとって興味深い技術です。

  • 腫瘍のclonal architecture
  • 薬剤耐性クローンの空間分布
  • Tumor microenvironment
  • 腫瘍細胞と免疫細胞の相互作用
  • がん組織内の遺伝子型と細胞状態の関係

ただし、RNAベースの変異検出には重要な制約があります。

発現していない遺伝子の変異は検出できず、allelic expressionやRNA品質の影響も受けます。

そのため、RNAの空間解析からDNA変異の空間分布を完全に再構築できると解釈するべきではありません。

また、2026年11月1日時点の製品情報では、組織プロファイリングは「coming soon」とされており、一般提供と大規模な独立評価については、引き続き確認が必要です。[4][6]

5. VITARI:大規模NGS市場への参入

2026年2月、Elementは高スループットNGS装置であるVITARIを発表しました。[7]

これは、同社の事業戦略における重要な転換点です。

従来、Elementの強みは主にベンチトップから中規模スループットにありました。

しかし、VITARIによって、より大規模なWGSや集団ゲノミクスの市場を狙うことになります。

5.1 VITARIの主な性能

メーカーが提示する主要な仕様は次のとおりです。

項目 公称性能・仕様
最大出力 3 TB / dual-sided run
最大read数 100億reads / run
公称WGS費用 100ドル / genome
フローセル 独立した2つのflow cell
Lane構成 各flow cellに6 lane
出荷予定 2026年後半

VITARIは、最大100億reads、3 TBのデータを1回のdual-sided runで生成できる設計です。

Elementは、1ゲノム当たり100ドルという価格水準も掲げています。[7][13]

2026年11月1日時点では、予約受付が行われているものの、広範な顧客への実出荷を確認できる公開資料は見つかっていません。

5.2 VITARIの競争軸は単純な最大スループットではない

大規模NGSでは、理論上の1 Gb当たりのコストが低くても、それが必ずしも実験の経済性につながるわけではありません。

例えば、サンプル数が不足してフローセルを十分に使い切れない場合、実際のサンプル当たりコストは上昇します。

また、異なる研究プロジェクトから得られたサンプルを一緒に処理する必要がある場合、バッチサイズや納期の制約によって運用効率が低下することもあります。

Elementは、独立したフローセルやlane単位での柔軟な運用を通じて、こうした問題に対応しようとしています。

つまり、競争軸は単なる最大スループットではなく、シーケンシング施設全体の稼働効率にあります。

特に、次のような施設では重要な差別化要因になる可能性があります。

  • 中規模のcore facility
  • 病院併設のゲノミクス研究所
  • 製薬企業の社内NGS施設
  • 複数の研究プロジェクトを並行して処理する研究機関

こうした施設では、理論上の最大スループットよりも、実際の検体数に応じて柔軟に運用できることが重要になる場合があります。

5.3 100ドルゲノムはどう評価すべきか

「100ドルゲノム」は、非常に強力なマーケティング上の指標です。

しかし、この数値をそのまま臨床検査1件の総原価と解釈することはできません。

WGSの総コストには、次の要素も含まれます。

  • DNA抽出
  • Library preparation
  • Quality control
  • 装置の償却
  • 人件費
  • データ保存
  • Bioinformatics解析
  • Variant interpretation

したがって、NGSの経済性を実務的に評価するには、次のような指標が重要です。

[ \mathrm{Cost\ per\ reportable\ sample}

\frac{\mathrm{Total\ workflow\ cost}} {\mathrm{QC\ pass\ samples}} ]

すなわち、品質基準を満たし、解析結果を報告できるサンプル1件当たりの総費用です。

さらに、サンプル当たりコストだけでなく、次の指標も比較する必要があります。

  • Sample turnaround time
  • Coverage uniformity
  • Duplicate rate
  • Variant calling sensitivity
  • QC pass rate

VITARIが成功するかどうかは、公称100ドルという数字だけでなく、実際の検体構成や施設の運用条件において、その経済性を安定して再現できるかにかかっています。

6. 臨床ゲノミクスへの参入:AVITI Dx

2026年10月29日、ElementはAVITI Dxを欧州10カ国で商用発売しました。[8]

これは、研究用NGSから臨床ゲノミクスへ事業を広げるうえで重要な出来事です。

6.1 AVITI Dxの特徴

AVITI Dxは、EU IVDRに対応したClass A IVDシーケンシングプラットフォームとして発表されました。

単に研究用のAVITI装置を臨床用途へ転用するものではなく、専用の試薬やソフトウェアを備えています。

また、IVD用モードとResearch Use Only(RUO)用モードを切り替えられるdual-boot設計が採用されています。

Elementは2026年6月にISO 13485認証も取得しており、臨床分野への展開に必要な品質管理体制の整備を進めています。[8][14]

6.2 CEマーキングと検査の臨床的妥当性は別の問題

ここで注意したいのは、機器がCEマーキングを取得したことと、その機器を使用するすべての遺伝子検査が臨床的に承認されたことは同義ではないという点です。

個別の検査では、次のような要件を別途確認する必要があります。

  • 試薬やソフトウェアの適合性
  • 検査法の分析性能
  • 検査施設の品質管理
  • 対象となる検査に適用される規制要件

ただし、臨床向けの規制対応製品を投入したこと自体は、事業上重要です。

臨床ゲノミクス市場では、装置価格や解析精度だけでなく、供給の安定性、保守、トレーサビリティ、変更管理などが採用の判断に影響します。

これらは研究用途とは異なる参入障壁になります。

6.3 将来的な応用領域

AVITI Dxの展開を通じて、将来的には次の分野で検査開発企業との協業が進む可能性があります。

  • 腫瘍遺伝子パネル
  • 遺伝性疾患
  • 希少疾患
  • 新生児スクリーニング

ただし、これらは今後の可能性であり、個別の検査について承認や商用化が確定していることを意味しません。

臨床分野での成功には、装置の導入だけでなく、規制への継続的な対応と検査パートナーの獲得が重要になります。

7. 競争環境:Illumina、10x Genomics、long-read企業との関係

Elementの特徴は、単一の市場ではなく、複数のライフサイエンス技術市場に跨がって事業を展開していることです。

そのため、競合もIlluminaだけではありません。

7.1 主要な競合企業

競合企業 中核的な強み Elementが狙う差別化
Illumina 大規模な導入実績、NGSの標準化、幅広いアッセイ ABCの精度、価格、柔軟性
10x Genomics Chromium、Xeniumなどのsingle-cell・spatialエコシステム DISSによる同一細胞での画像・分子情報の統合
Pacific Biosciences HiFi long reads、複雑なゲノム領域の解析 高精度short readsの費用効率
Oxford Nanopore Technologies 超長鎖read、直接RNA、可搬性 大規模かつ再現性の高いshort-read解析
Ultima Genomics 大規模シーケンシングの低コスト化 高精度とバッチ柔軟性の両立

これは各社の技術的な位置づけに基づく比較であり、すべての用途における性能順位ではありません。

7.2 Illuminaに対する競争戦略

Illuminaは、NGS市場における大規模な導入実績と幅広いアッセイのエコシステムを持っています。

そのため、単に価格や精度が優れているだけでは、既存のIlluminaユーザーが容易にプラットフォームを変更するとは限りません。

シーケンシング装置の変更には、既存の実験プロトコル、解析パイプライン、検査法のバリデーション、研究施設の運用など、多くの要素が関係します。

Elementにとって重要なのは、ABCの技術的な優位性を、実際のワークフローにおける利点として示すことです。

VITARIの柔軟な運用や、AVITIシリーズの消耗品コストは、そのための重要な競争要因になります。

7.3 10x Genomicsとの競争は異なる性質を持つ

Elementにとって、Illuminaと同じくらい興味深い競争相手が10x Genomicsです。

10x Genomicsは、ChromiumやXeniumなどを通じて、single-cell解析やspatial biologyのエコシステムを構築しています。

この分野では、装置だけでなく、試薬、実験プロトコル、解析ソフトウェア、公開データ、研究コミュニティが強く結びついています。

Elementは、DISSを中心とした統合型multiomicsによって、こうした既存の実験ワークフローに対抗しようとしています。

特に、従来は10x Genomicsの製品やイメージング装置などを組み合わせる必要があった実験を、一つのプラットフォームで実現できるかどうかが注目されます。

長期的には、NGS市場でIlluminaからシェアを奪うことだけでなく、single-cell解析、空間解析、high-content screeningなどのワークフローを統合することが、Elementにとって大きな付加価値を生む可能性があります。

7.4 知的財産をめぐる競争

Elementの事業戦略を評価するうえで、知的財産の問題も無視できません。

2026年5月、10x GenomicsはElementのAVITI24関連技術について、米国で特許侵害を主張する訴訟を提起しました。

Elementはこの主張を否定しています。[10][11]

一方、2026年7月には、ドイツ・ミュンヘンの裁判所が、Elementの管理するシーケンシング画像技術関連の特許について、Illuminaによる侵害を認める判決を下したとElementが公表しました。[15]

したがって、Elementを知的財産上の一方的な被害者、あるいは勝者と解釈することは適切ではありません。

今後の事業展開では、次の要素が重要になります。

  • 訴訟の最終的な帰結
  • 特許ライセンスの条件
  • 製品販売に対する差止めリスク
  • 訴訟に伴う費用負担
  • 必要に応じた製品設計の変更

技術的な独自性を持つ企業であっても、知的財産環境によって商用化の速度や事業の収益性が影響を受ける可能性があります。

8. 2027〜2030年の将来戦略

ここからは、公開情報を基にした筆者の分析と予測です。

Elementが正式に発表した事業計画そのものではありません。

現在の製品ポートフォリオと事業展開を踏まえると、今後の成長戦略は大きく4つに整理できます。

8.1 NGSの導入拡大と消耗品売上の成長

第一の戦略は、NGS装置のインストールベースを拡大し、継続的な試薬・消耗品売上を増やすことです。

AVITI、AVITI LT、AVITI24、VITARIを組み合わせることで、小規模な研究室から大規模なシーケンシング施設まで、幅広い顧客層に対応できる製品構成を整えています。

この戦略が成功すれば、装置の販売だけでなく、導入後の継続的な利用による売上が増加します。

これは、事業の安定性や将来的な収益性を支える基盤になります。

8.2 Multiomicsと空間解析を差別化の中心に置く

第二の戦略は、AVITI24を中心としたmultiomicsと空間解析の拡大です。

これは、NGS装置の価格やスループットだけで競争するのとは異なる戦略です。

従来は別々の機器、試薬、解析工程を必要としていた測定を、一つのプラットフォームに統合することで、研究者に新しい実験手法を提供できます。

例えば、細胞形態と遺伝子発現を同時に測定することや、CRISPR摂動と細胞表現型を同一細胞で結びつけることです。

このようなワークフローが研究分野で標準化すれば、単なるシーケンシングコストでは比較できない価値が生まれる可能性があります。

8.3 AI創薬向けの高次元データを提供する

第三の戦略は、AI創薬や細胞応答予測モデルへの応用です。

Guide RNA、transcriptome、protein、morphologyを同一細胞で取得できれば、遺伝子摂動と細胞の応答を結びつけた高次元データを生成できます。

こうしたデータは、細胞応答予測モデルの学習データとして魅力的です。

例えば、特定の遺伝子を抑制した場合に、転写状態や細胞形態がどのように変化するかを予測する研究に利用できる可能性があります。

また、薬剤のmechanism of actionやdrug resistanceの解析にも応用が期待されます。

ただし、高次元のmultiomicsデータが取得できることと、AIモデルの予測性能が実際に向上することは別です。

モデル性能の向上については、独立した検証が必要になります。

8.4 臨床ゲノミクスへの本格的な展開

第四の戦略は、AVITI Dxを起点とした臨床市場への進出です。

臨床ゲノミクスでは、研究用NGSとは異なり、規制対応、品質管理、供給の安定性などが重要になります。

ElementはAVITI Dxを通じて、装置、試薬、ソフトウェア、検査ワークフローを統合する方向へ進んでいます。

将来的には、検査開発企業との提携を通じて、腫瘍ゲノミクスや遺伝性疾患などの分野へ展開する可能性があります。

ただし、各地域での規制対応や検査パートナーの獲得が、今後の成長を左右します。

8.5 2027〜2030年のシナリオ分析

これらの戦略を踏まえると、Elementの将来には複数のシナリオが考えられます。

シナリオ 想定される展開 主な成立条件
強気 Short-read NGSで主要な代替選択肢に成長し、multiomicsでも独自市場を形成 VITARIの量産成功、Cytosの普及、臨床分野の拡大
基本 一定規模のNGS市場シェアを獲得し、AVITI24が高付加価値領域で成長 既存顧客の利用率向上、継続的な技術改善
弱気 価格競争と特許訴訟の負担で成長が鈍化し、multiomicsの採用が限定的にとどまる 競合の値下げ、独立検証の不足、導入障壁

これは定性的なシナリオ分析であり、売上高や市場シェアを数値的に予測したものではありません。

特に重視すべきなのは、VITARIというハードウェア単体の成功だけではなく、AVITI24を中心とする新しい解析ワークフローが、どの程度研究コミュニティに定着するかです。

Single-cell biologyや機能ゲノミクスでは、新しい測定技術が標準化すると、その技術に合わせて実験プロトコル、解析パイプライン、参照データ、研究コミュニティが発展していきます。

こうしたエコシステムが形成されれば、装置価格だけでは測れない競争優位が生まれます。

9. ゲノム科学者の立場から検証すべきポイント

Elementの将来性を研究用途から評価する場合、メーカーの公称性能だけでなく、実際の解析品質やワークフロー全体の効率を比較する必要があります。

特に重要と考えられる評価項目は、次の5つです。

評価項目 具体的な検証ポイント 重要度
ABCの実力 GIAB benchmark、difficult regions、low-VAF variant、再現性 高
VITARIの経済性 実測cost/sample、稼働率、QC pass rate、保守費 高
DISSの情報量 Genes/cell、UMI、dropout、検出感度、cell throughput 非常に高
Spatial解析 変異検出のsensitivity / specificity、実効解像度、FFPE適合性 非常に高
エコシステム 公開データ、独立した論文、解析ツール、検査パートナー 高

9.1 ABCは最終的なvariant calling性能で比較する必要がある

ABCの性能評価では、Q-scoreやread数だけでなく、最終的なvariant calling性能を比較する必要があります。

特に、GIABなどのbenchmarkを用いて、解析が困難な領域での性能、低VAFのvariant detection、run間の再現性などを評価することが重要です。

また、従来のshort-read技術と異なるエラー特性が、実際の解析にどの程度の価値をもたらすかも検証すべきです。

9.2 VITARIは実際の運用コストが重要

VITARIについては、メーカーが示す最大スループットや公称コストだけでなく、実際の施設での運用効率が重要です。

サンプル数が変動する状況でも効率よく運用できるか、QCを満たすサンプル当たりの総コストがどの程度になるか、保守費や人件費を含めても経済性があるかを確認する必要があります。

特に、大規模NGSでは、装置の稼働率がコスト構造に大きく影響します。

9.3 DISSとCytosは各モダリティーの情報量を比較する必要がある

Cytosの技術評価では、「同一細胞から4種類のデータが得られる」という特徴だけでは不十分です。

実際には、それぞれのモダリティーを単独で最適化したアッセイと比較したときに、どの程度の情報が維持されるかを確認する必要があります。

例えば、次の指標が重要です。

  • RNA-seqの検出感度
  • Genes/cell
  • UMI数
  • Dropout率
  • 検出できるタンパク質の種類
  • 画像の空間解像度
  • 処理可能な細胞数
  • Guide RNAによる摂動識別の正確性

複数のモダリティーを統合できるメリットが、個々のモダリティーの測定感度低下や追加コストを上回るかどうかが、AVITI24の実際の競争力を決めると考えられます。

9.4 Spatial解析では変異検出の限界を理解する必要がある

組織内で遺伝子発現や変異を直接検出できることは、非常に興味深い技術です。

しかし、RNAベースの解析では、発現していない遺伝子の変異は検出できません。

また、allelic expressionやRNA品質によるバイアスもあります。

したがって、変異検出のsensitivityとspecificity、実際の空間解像度、FFPE試料での性能などを評価する必要があります。

これらの指標が十分に検証されて初めて、腫瘍のclonal architectureやtumor microenvironmentの解析における実用性を判断できます。

9.5 独立した検証とエコシステムの形成

新しい実験技術の普及には、メーカーの公称性能だけでなく、研究コミュニティによる独立した検証が不可欠です。

特に、公開データ、独立した論文、解析パイプライン、他の技術との比較研究などが重要になります。

また、実験プロトコルや解析ソフトウェアが整備されることで、研究者が新しいプラットフォームを採用しやすくなります。

Elementが今後、こうしたエコシステムをどこまで構築できるかは、長期的な事業成長を考えるうえで重要な指標になります。

10. 総合評価:Elementはどこへ向かうのか

Element Biosciencesは、現在のゲノム科学・ライフサイエンス機器業界において、技術的に注目すべき企業の一つだと考えられます。

同社の事業を評価する際には、技術的独自性、商用化の進展、成長余地、事業の確実性を分けて考える必要があります。

筆者による定性的な評価は、次のとおりです。

評価項目 評価(5段階) 主な理由
技術的独自性 5/5 ABCやDISSなど、独自の技術基盤を持つため
商用化の進展 4/5 装置の普及が進み、VITARI、Cytos、AVITI Dxへ製品展開が広がっているため
長期的な成長余地 5/5 NGSだけでなく、multiomics、機能ゲノミクス、創薬、臨床診断へ展開できる可能性があるため
事業の確実性 3/5 大手競合との競争、知的財産リスク、新技術の普及に不確実性が残るため

これは筆者の定性的な見解であり、投資評価や客観的な格付けではありません。

10.1 短中期:2026〜2028年の成長要因

短中期では、AVITIとVITARIの導入拡大、装置稼働率の向上、消耗品売上の成長、AVITI Dxの普及が事業実績を左右すると考えられます。

特にVITARIは、大規模NGS市場においてElementがどこまで存在感を高められるかを判断する重要な製品です。

公称性能を実際の顧客環境で再現し、安定した運用を実現できるかが注目されます。

10.2 中長期:2028〜2030年以降の成長要因

中長期では、AVITI24とDISSがmultiomics、spatial biology、CRISPR screening、AI創薬などの分野でどこまで普及するかが重要になります。

こうした技術が研究分野の標準的なワークフローとして採用されれば、単なるNGS装置の価格競争とは異なる競争優位が生まれる可能性があります。

特に興味深いのは、NGSを単なる「核酸配列の読み取り装置」から、遺伝子型、遺伝子摂動、転写状態、タンパク質状態、細胞形態、空間情報を結びつける測定基盤へ拡張することです。

この方向性が成立すれば、Elementは単なるIlluminaの代替メーカーではなく、次世代の実験生物学を支えるプラットフォーム企業になる可能性があります。

10.3 今後注目すべき出来事

Elementの将来性を評価するうえでは、特に今後1〜2年間の次の動きに注目したいと考えます。

  • VITARIの実出荷と稼働実績:公称スループットとコストを、実際の顧客環境で再現できるか。
  • Cytosの第三者評価:既存のsingle-cell解析やhigh-content imagingと比較して、どのような科学的価値が得られるか。
  • 組織内直接シーケンシングの実用性:発現情報や変異を空間的に検出する技術が、実際の研究課題にどの程度役立つか。
  • 臨床分野の継続売上:AVITI Dxが検査施設にどの程度導入され、継続的な試薬需要を生み出せるか。
  • 知的財産をめぐる動向:競合企業との訴訟が、製品展開や事業運営にどのような影響を与えるか。

10.4 最も重要な論点

Elementの今後を考える際、最も重要なのは「Illuminaより安価で高精度なNGS装置を作れるか」という問いだけではありません。

むしろ、シーケンシングとイメージングを統合し、これまで別々に測定していた生物学的情報を同一細胞・同一試料から取得できるかどうかが、長期的な競争力を決める可能性があります。

その意味では、Elementの将来戦略を理解するうえで、AVITI24とDISSの重要性は非常に高いと考えられます。

同社の技術が実際の研究においてどれほど価値を生み出すかを判断するためには、特に次の比較が重要になります。

「ElementのDISS/AVITI24は、10x GenomicsのChromium・Xenium、および既存のPerturb-seqやspatial transcriptomicsに対して、科学的にどの程度優位なのか」

この問いに対して、単なる装置スペックではなく、実際に得られる情報量、細胞当たりのコスト、測定バイアス、解析可能な生物学的問いを比較することが重要です。

今後のElement Biosciencesは、NGS市場における競争だけでなく、ゲノム科学の測定技術そのものがどの方向へ進化するかを考えるうえでも、注目すべき企業だと考えられます。

参考文献

[1] Element Biosciences, “JPM Healthcare Conference 2026,” 2026. https://www.elementbiosciences.com/hubfs/element_biosciences_2025/resources_assets/tofu/Element%20JPM%202026%20V3_Public_With-Notes_2%201.pdf

[2] Element Biosciences, “Avidite Base Chemistry,” 技術解説. https://www.elementbiosciences.com/technology/avidite-base-chemistry

[3] “Accurate human genome analysis with Element Avidity sequencing,” BMC Bioinformatics, 2025. Google Research掲載情報. https://research.google/pubs/accurate-human-genome-analysis-with-element-avidity-sequencing/

[4] Element Biosciences, “AVITI24,” 製品・技術仕様. https://www.elementbiosciences.com/products/aviti24

[5] Element Biosciences, “Element Biosciences Launches Cytos, Scaling Multiomics to Labs of Every Size,” 2026年10月19日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-launches-cytos-scaling-multiomics-to-labs-of-every-size

[6] Element Biosciences, “2026 Innovation Roadmap,” 2026. https://www.elementbiosciences.com/2026-innovation-roadmap

[7] Element Biosciences, “Element Biosciences Introduces VITARI, Redefining What High-Throughput Sequencing Makes Possible,” 2026年2月19日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-introduces-vitari-redefining-what-high-throughput-sequencing-makes-possible

[8] Element Biosciences, “Element Biosciences Launches AVITI Dx, Bringing CE-Marked IVD Sequencing to Ten EU Countries,” 2026年10月29日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-launches-aviti-dx-bringing-ce-marked-ivd-sequencing-to-ten-eu-countries?hsLang=en

[9] Element Biosciences, “Element Biosciences Announces Upsized Series E to Accelerate Global Growth Across Ecosystem of Genomic, Multiomic, and Clinical Research Solutions,” 2026年6月9日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-announces-upsized-series-e-to-accelerate-global-growth-across-ecosystem-of-genomic-multiomic-and-clinical-research-solutions?hs_amp=true

[10] 10x Genomics, Inc. and President and Fellows of Harvard College v. Element Biosciences, Inc., Case No. 1:26-cv-00538, U.S. District Court for the District of Delaware, 2026. https://dockets.justia.com/docket/delaware/dedce/1%3A2026cv00538/93114

[11] Element Biosciences, “Element Biosciences Responds to 10x Genomics Patent Infringement Complaint,” 2026年5月8日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-responds-to-10x-genomics-patent-infringement-complaint

[12] Element Biosciences, “About Element Biosciences,” 企業概要・沿革. https://www.elementbiosciences.com/about

[13] Element Biosciences, “VITARI — Scale without the premium,” 製品仕様. https://www.elementbiosciences.com/products/preorder-vitari

[14] Element Biosciences, “Element Biosciences Achieves ISO 13485 Certification, Establishing Quality Foundation for Forthcoming Diagnostic Applications,” 2026年6月17日. Element Biosciences Newsroom. https://www.elementbiosciences.com/news

[15] Element Biosciences, “Element Biosciences Prevails in German Patent Case Against Illumina,” 2026年7月14日. https://www.elementbiosciences.com/news/element-biosciences-prevails-in-german-patent-case-against-illumina