対象読者

  • DNAの塩基配列、メチル化などの化学修飾、RNA分子を低コストで解析し、そのデータを活用した新しい事業を立ち上げたい起業家や研究開発者。
  • Oxford Nanopore、PacBio、Illumina、Rocheなどの技術的な違いを理解し、事業に適したシーケンシング技術を選びたい方。
  • ゲノム解析、エピジェネティクス、RNA解析、感染症診断、創薬、プロテオミクスなどの事業機会を探している方。

要約

  • Oxford Nanopore Technologies(ONT)は、この10年でDNAの読み取り精度を大幅に改善し、超長鎖DNA、DNAメチル化、RNA直接解析などに強みを持つ技術へと進化しました。
  • PacBioは高精度な長鎖DNA解析、Illumina・MGI・Element Biosciences・Ultima Genomicsは大量検体の効率的な解析に強みがあります。
  • Rocheは、DNAの情報を人工分子に変換してナノポアで読み取るSequencing by Expansion(SBX)技術を2026年に製品化しました。
  • 技術にはそれぞれ得意・不得意があり、研究目的によってはONTとPacBio、あるいは短鎖シーケンシング技術を組み合わせる方法が有効です。
  • 新規ビジネスを考える際は、単なる塩基配列の読み取り精度や1 Gb当たりのコストだけでなく、読み取れる分子情報、解析時間、必要な試料量、1検体当たりの総コストが重要です。

1. DNAシーケンシング技術の競争は、何を目指しているのか?

約10年前、Oxford Nanopore Technologies(ONT)は、タンパク質でできた微小な孔(ナノポア)にDNAを通過させ、その際に生じる電気的な変化からDNA配列を読み取る技術を、小型デバイスとして実用化しました。

ONTは2014年にMinIONの早期アクセスプログラムを開始し、2015年5月には商用提供を開始しました。[1]

当時、この技術が注目された理由は、従来の大型シーケンサーとは異なり、非常に小さな装置でDNA配列を読み取れることでした。

しかし、10年以上が経過した現在、ONTの技術は単なる「小型DNAシーケンサー」ではなくなっています。

DNAの長い配列を読み取るだけでなく、DNAメチル化などの化学修飾、RNAの配列、RNAの化学修飾など、1本の分子から多くの情報を取得できる技術へと発展しています。

一方、競合するPacBio、Illumina、MGI、Element Biosciences、Ultima Genomicsなども、それぞれ異なる方法で精度、スループット、コストを改善しています。

さらにRocheは2026年、ナノポアを使いながらONTとは根本的に異なる方法でDNA配列を読み取る新しい装置を市場に投入しました。

現在のDNAシーケンシング市場は、単純に「どの会社が最も高精度か」という競争ではありません。

それぞれ物理原理の異なる技術が、異なる用途で優位性を持つ市場になっています。

特に重要な競争軸は、以下の3つです。

  1. 長いDNAを、どれだけ正確に読み取れるか
  2. 多数のDNAやRNAを、どれだけ安く、速く読み取れるか
  3. DNA配列だけでなく、化学修飾やRNAの状態まで読み取れるか

この違いを理解することは、これからゲノム解析技術を使った新規ビジネスを立ち上げる際に重要です。

2. Oxford Nanopore Technologiesは、この10年で何が進化したのか?

2.1. ナノポアによるDNA配列の読み取り原理

ONTの基本原理は、現在も変わっていません。

タンパク質でできたナノポアに電圧を印加してイオン電流を流し、DNAが通過するときの電流変化から塩基配列を推定します。

厳密には、単一の塩基だけではなく、ナノポア付近に存在する複数の塩基が重なって電流信号に影響を与えます。

この電流信号を機械学習モデルで解析し、A、T、G、Cの塩基配列へ変換します。

この処理を「Basecalling(ベースコーリング)」と呼びます。

また、DNAの移動速度はモータータンパク質によって制御されています。

この技術の特徴は、DNAを蛍光標識して読み取るのではなく、DNA分子が作り出す電気的な信号を直接測定する点にあります。

したがって、DNAに存在するメチル化などの化学修飾も電流信号に影響を与えるため、塩基配列と同時に化学修飾の情報を取得できる可能性があります。[2]

2.2. この10年間の技術的進歩

ONTでは、ナノポア自体の改良、DNAライブラリ調製技術の改良、測定装置の改良、Basecallingアルゴリズムの改良が継続的に進められています。

特に、R10.4.1、Kit V14、Doradoの組み合わせによって、かつて大きな弱点であった読み取り精度が改善されました。[2]

技術項目 約10年前 2026年時点
1本のDNAの読み取り精度 80〜90%台の段階 最新モデルでは代表的条件で約99.75%(Q26)
読み取り長 数kb〜数十kb 数十kbが日常的。条件次第で100 kb超、Mb級も可能
装置 主にMinION MinIONから大型PromethIONまで
データ量 小規模 ヒト全ゲノムなどの大量解析にも対応
修飾塩基 限定的 5mC、5hmCなどを電流信号から推定
RNA cDNA解析が中心 RNA分子を直接読むDirect RNA Sequencing
計算処理 初期のBasecalling 高精度なDoradoモデルとGPU解析
リアルタイム制御 データ取得中心 不要なDNAを途中で排出するAdaptive Sampling

現在、ONTの最新Dorado Basecallingモデルでは、単一リードについて99.75%(Q26)の精度が示されています。[2]

ここで重要なのは、単一リード精度とコンセンサス配列の精度は異なるという点です。

単一リード精度は、1本のDNA分子を1回読み取った際の精度です。

一方、コンセンサス精度は、複数のDNA分子から得られた配列を統合し、誤りを補正した結果の精度です。

ONTでは十分なカバレッジと適切な解析手法を使用することで、コンセンサス配列についてQ50以上の精度が実現された例があります。[2]

ただし、特定の繰り返し配列、塩基組成、低頻度変異の検出などでは、依然として技術的な難しさが残ります。

2.3. ONTの大きな特徴は、DNAの長さと化学修飾を同時に扱えること

ONTでは、100 kbを超えるDNAや、条件によっては1 Mbを超えるDNAを読み取ることができます。

これにより、短いDNA断片では解決できない複雑なゲノム構造を調べることが可能になります。

また、DNAメチル化を検出する際に、DNAを化学的に変換する前処理を必要としないという特徴があります。

さらに、DNAをRNAに逆転写するのではなく、RNA分子自体をナノポアに通して読み取るDirect RNA Sequencingも可能です。

これは、単なるDNA配列解析装置から、核酸分子のさまざまな情報を取得するプラットフォームへの進化といえます。

3. 主要なDNAシーケンシング技術を比較する

まず、主要な競合企業と技術を一覧で比較します。

企業・技術 代表的な読み取り長 得意分野 主な弱点
Oxford Nanopore:ナノポア 10〜100 kb、超長鎖も可能 超長鎖DNA、構造変異、RNA直接解析、迅速解析 塩基ごとの誤り、試料品質への依存
PacBio:HiFi / SMRT 主に15〜25 kb程度 高精度長鎖、複雑な遺伝子、indel、ゲノム構築 超長鎖DNAはONTが有利、設備投資
Illumina:SBS 主に2×150 bp SNP、大量検体、RNA発現、臨床研究 長い反復配列、構造変異、ハプロタイプ
MGI / Complete Genomics:DNBSEQ 主に短鎖、150 bp前後 大規模WGS、コスト効率 長鎖解析には不向き
Element Biosciences:ABC 最大2×300 bp 高精度短鎖、柔軟な運用、マルチオミクス 長鎖構造の直接解析
Ultima Genomics:Flow-based SBS 短鎖系 超大量解析、低コスト、稀少SNV 塩基数の繰り返し推定など
Roche:SBX / AXELIOS 1 最大約1,500 bp 高速解析、高スループット 超長鎖ではない、新しい技術のため検証蓄積が少ない

※読み取り長は代表的な運用条件や仕様であり、必ずしも各方式の物理的な上限ではありません。[3][4][5][6][7][8][9]

また、これらの技術を単純に「精度順」で並べることはできません。

単一リード精度、コンセンサス精度、SNP検出精度、構造変異検出率は、それぞれ異なる指標だからです。

4. 最も直接的な競合:PacBio

4.1. PacBioの技術原理

Pacific Biosciences(PacBio)は、ONTと同じく、1本の長いDNA分子を解析する技術を開発しています。

代表的な装置はRevioとVegaです。

その技術は、Single Molecule Real-Time Sequencing(SMRT Sequencing)と呼ばれます。

PacBioでは、DNAポリメラーゼがDNAを合成していく際の蛍光シグナルを観測します。

ONTとは異なり、電流変化ではなく、蛍光を利用します。

特徴的なのは、DNAを環状に加工して、同じDNA分子を何度も読み取ることです。

複数回読み取った結果を統合することで、1本のDNA分子について非常に高い精度の配列を得ることができます。

この方法で得られる配列は、HiFi Read(High-Fidelity Read)と呼ばれます。[3]

4.2. PacBioの強み

PacBioの主な強みは以下のとおりです。

  • 1リードで約99.9%以上の高精度を実現しやすいこと。
  • 15〜25 kb程度の長いDNAを高精度に読み取れること。
  • SNPと小さな挿入・欠失(indel)の同時解析に強いこと。
  • 類似遺伝子や偽遺伝子を区別する解析に適していること。
  • 反復配列や複雑な遺伝子領域を解析できること。
  • 完全長RNA転写産物を解析できること。

特に、DNAの構造が複雑でありながら、塩基レベルで非常に高い精度が必要な解析に向いています。

2026年にはSPRQ-Nx化学とDeepConsensusの改良が進み、Revioでの大量解析やVegaでの小規模な施設内解析も、以前より経済的になっています。[10][11]

また、PacBioはDNAメチル化解析にも対応しており、5mC、5hmC、6mAなどの修飾情報を取得できます。[10]

4.3. PacBioの弱点

最大の弱点は、同じDNA分子を複数回読み取る仕組み上、DNAの長さとスループットとの間にトレードオフが存在することです。

ONTでは100 kb、場合によっては1 Mbを超えるDNAを1本のリードで読み取れますが、PacBio HiFiでは通常そこまで長くありません。

特に、巨大な繰り返し配列をまたいで、その両端を1本のDNA分子でつなぎたい場合には、ONTの超長鎖リードが有利です。

また、装置への設備投資も考慮する必要があります。

4.4. ONTとPacBioは競合であり、補完技術でもある

ONTは、DNAの電気的な信号を高度に解析して配列を推定します。

PacBioは、同じDNA分子を繰り返し観測し、複数回の情報を統合することで精度を向上させます。

つまり、精度を高めるための方法が根本的に異なります。

PacBioは「かなり長いDNAを、非常に正確に読む」技術です。

ONTは「さらに長いDNA分子を、直接読む」ことができる技術です。

したがって、両者は競争する一方で、組み合わせることによって単独では難しい解析が可能になります。

5. 最大の市場競合:Illumina

5.1. Illuminaの技術原理

Illuminaは、短いDNA断片を大量かつ高精度に読み取る技術を得意としています。

代表的な装置はNovaSeq X、NextSeq、MiSeq i100などです。

採用されている技術はSequencing by Synthesis(SBS)と呼ばれます。

DNAを短く切断し、増幅したクラスターに対して、蛍光標識された塩基を1つずつ取り込ませ、その種類を読み取ります。

最新世代ではXLEAP-SBS化学が採用されています。[4]

5.2. Illuminaの強み

Illuminaの主な強みは以下のとおりです。

  • 大量のDNAサンプルを解析する場合のコスト効率。
  • SNPや短いindelの高精度な検出。
  • 遺伝子発現解析(RNA-seq)。
  • がん遺伝子パネルなどのターゲットシーケンシング。
  • 解析ソフトウェア、標準手順、検証済みワークフローの豊富さ。

特に、数百、数千、数万検体を扱う研究では、Illumina型の短鎖シーケンシングが強力です。

多数の検体から、同じ形式のデータを継続的に取得する用途に適しています。

5.3. Illuminaの弱点

Illuminaでは、一般的に短いDNAしか読み取れません。

したがって、ゲノムの複雑な部分の解析には構造的な限界があります。

例えば、ゲノム中に非常によく似た配列が5か所存在する場合を考えます。

150 bpのDNA断片を読み取っても、その断片が5か所のうち、どこに由来するのかを判別できない場合があります。

一方、ONTやPacBioの長鎖リードであれば、特徴的な配列から次の特徴的な配列までを1本の分子でつなげられるため、この問題を解決しやすくなります。

また、通常のIllumina解析では、ONTのようにDNAの化学修飾を直接電流から検出することはできません。

メチル化を解析するためには、別途、専用の前処理などが必要です。

6. 短鎖シーケンシングの新しい競合

Illuminaの市場に対しては、MGI、Element Biosciences、Ultima Genomicsなどが競争力のある技術を開発しています。

これらは主に、短鎖DNAシーケンシングの精度、コスト、運用性を改善する技術です。

6.1. MGI / Complete Genomics:DNBSEQ

MGIのDNBSEQでは、DNAを環状化し、Rolling Circle AmplificationによってDNA Nanoballを作ります。

そのDNA Nanoballを高密度のアレイに配置し、蛍光を使って配列を読み取ります。

代表的な装置にはDNBSEQ-T7などがあります。[5]

特徴は以下のとおりです。

  • 大量のゲノム解析におけるコスト競争力。
  • 増幅による重複やバイアスを抑制する工夫。
  • index hoppingなどの問題を抑える設計。
  • 大規模な全ゲノム解析への適性。

一方、短鎖リードであることに由来する限界はIlluminaと共通しています。

巨大な反復配列や複雑な構造変異を解析する場合には、長鎖シーケンシングを組み合わせる必要が生じます。

6.2. Element Biosciences:AVITI / AVITI24

Element Biosciencesは、Avidite Base Chemistry(ABC)という技術を採用しています。

代表的な装置はAVITIとAVITI24です。

この技術は、高精度な短鎖DNAシーケンシングを実現するとともに、比較的少数の検体を扱う研究室でも柔軟に運用できることを特徴としています。

最大2×300 bpの読み取りに対応しています。[6]

また、AVITI24は単なるDNAシーケンサーではありません。

DNAやRNAだけでなく、細胞形態、タンパク質などの情報を統合するマルチオミクス解析も特徴としています。

これは、ゲノム解析だけでなく、細胞の状態や機能まで含めたデータを取得する方向への進化です。

一方、ONTやPacBioのような長いDNA分子を直接読み取る用途には向いていません。

6.3. Ultima Genomics:UG 100

Ultima Genomicsは、Flow-based SBSという方式を採用しています。

代表的な装置はUG 100です。

この方式では、塩基の種類を順番に供給し、取り込まれた塩基数を読み取ります。

特徴は、大量のデータを低コストで取得することに特化している点です。

また、ppmSeqという技術によって、非常に低い頻度で存在するSNV(Single Nucleotide Variant:一塩基変異)の検出も目指しています。[7]

一方、連続する同じ塩基の数を正確に推定することには、原理的な難しさがあります。

そのため、indelなどの検出性能については、用途に応じた検証が重要です。

これらの企業は主にIlluminaの市場を奪う位置にありますが、ONTとの関係では、長鎖解析と短鎖解析の役割分担が成立しやすい技術です。

7. 注目すべき新技術:RocheのSequencing by Expansion(SBX)

7.1. ナノポアを使いながら、ONTとは根本的に異なる方法

2026年の新しい競合技術として、特に注目したいのがRocheのSequencing by Expansion(SBX)です。

Rocheは2025年にSBX技術を発表し、2026年6月29日にAXELIOS 1の世界的な製品投入を発表しました。

日本でも2026年7月1日に研究用途の製品として発売されています。[8][9]

SBXは、ONTと同様に生物学的ナノポアと電気的な信号を使います。

しかし、非常に重要な違いがあります。

ONTは天然のDNA分子をナノポアに通して読み取るのに対し、RocheのSBXは、DNAの情報を別の人工分子に変換してから読み取ります。

7.2. DNAを約50倍に引き伸ばすXpandomer

SBXでは、最初にDNAの配列情報をXpandomerと呼ばれる人工分子に変換します。

この分子は、元のDNAよりも約50倍長くなるように設計されています。

また、塩基ごとの区別がしやすい電気的な信号を出すように工夫されています。

このXpandomerをナノポアに通し、電流変化から元のDNAの塩基配列を推定します。[8]

つまり、測定しにくい天然DNAをそのまま解析するのではなく、測定しやすい人工分子に変換してから読むという考え方です。

ONTは、複雑な電流信号を高度な機械学習モデルによって解釈する方法を採っています。

これに対してRocheは、そもそも電流信号が明瞭になるように、読み取る対象の分子を設計し直しています。

これは、測定原理の進化という観点から非常に興味深い違いです。

7.3. Roche SBXの強み

Roche SBXの主な強みは以下のとおりです。

  • 塩基間の信号干渉を減らす設計。
  • 数百万個のナノポアを並列使用する高スループット。
  • リアルタイムに近い読み取り。
  • 一般的な短鎖技術より長めのリードへの対応。
  • 高速な全ゲノム解析を目指した設計。

Rocheによると、AXELIOS 1は研究用途で、当日中にヒト全ゲノム解析を完了するワークフローに対応しています。

また、適切な試料およびライブラリ調製条件では、約1,500 bpまでのリードを取得できます。[8]

日本で公表された製品仕様では、SBX-Duplex方式による4時間のシーケンスランで1.8〜2.7 Tbのデータを出力し、平均塩基精度はQ38を超えるとされています。[9]

ただし、これはメーカーが示す特定の測定条件での性能であり、すべての用途で同じ性能が得られることを意味するものではありません。

7.4. Roche SBXの弱点

SBXには、ONTと異なる制約があります。

まず、ONTが得意とする100 kb級の超長鎖DNAを読み取る技術ではありません。

したがって、巨大な繰り返し配列を1本のDNA分子でまたぐような用途では、ONTの超長鎖解析と競合するものではありません。

また、DNAを人工分子へ変換する工程が必要です。

そのため、前処理の品質や変換効率が重要になります。

さらに、2026年に市場投入されたばかりであるため、独立した研究施設による長期の性能評価や、さまざまな難解析領域での検証蓄積は既存技術より少ない段階です。

Roche SBXは、ONTの「ナノポアで電気的に読む」という基本思想を引き継ぎながら、読み取り対象を人工的に設計し直した技術といえます。

8. どの技術が、どの解析に向いているのか?

DNAシーケンシング技術は、解析目的によって最適な選択肢が大きく変わります。

以下は、各技術の原理と2026年時点の製品能力に基づく概略評価です。

◎は特に適している、○は適している、△は条件付き、—は主な用途ではないことを示します。

解析目的 ONT PacBio 短鎖SBS系 Roche SBX
SNP・小さな変異 ○ ◎ ◎ ○
大きな構造変異 ◎ ◎ △ △
巨大な反復配列 ◎ ○ — △
高精度なde novo assembly ◎ ◎ △ △
DNAメチル化解析 ◎ ◎ △ ○
RNAを直接読む ◎ — — —
大量検体のコスト効率 ○ ○ ◎ ◎
現場での迅速解析 ◎ △ △ ○

※短鎖SBS系はIllumina、MGI、Element、Ultimaを広くまとめたもので、製品ごとに性能差があります。また、Rocheのメチル化解析などの一部の評価は、新しいワークフローの検証状況に依存します。

この表から分かるのは、あらゆる解析において優位な単一の技術が存在するわけではないということです。

長いDNAを読みたいのか、非常に高い精度が必要なのか、多数の検体を安く解析したいのかによって、選ぶべき技術は異なります。

また、ONTとPacBioは、DNAメチル化などの化学修飾を解析できる点でも重要です。

ただし、DNAメチル化を検出できることと、その検出精度や定量性能がすべての配列・試料で同等であることは別の問題です。

9. 異なる技術を組み合わせると、何ができるのか?

DNAシーケンシングでは、1つの技術だけを選ぶよりも、異なる技術を組み合わせたほうが高い成果を得られる場合があります。

ここでは、代表的な4つの用途について説明します。

9.1. 新しい生物種のゲノムを、できるだけ完全に解読する

推奨する組み合わせ:ONT超長鎖 + PacBio HiFi

ONTの超長鎖リードを使って、染色体の構造や長大な反復配列をつなぎます。

一方、PacBio HiFiの高精度データによって、塩基配列を補強します。

特に以下の用途で有用です。

  • 植物ゲノムの解析。
  • 大きな反復領域を持つゲノムの解析。
  • 複雑な染色体構造の解明。
  • 染色体末端から末端までの構築(Telomere-to-Telomere Assembly:T2T assembly)。

これは品質を最優先する場合に強力な組み合わせです。

ただし、両方の技術を利用するため、予算や必要な試料量は増えます。

十分な品質のONTデータだけ、あるいはPacBioデータだけで目的を達成できる場合には、必ずしも両方を使用する必要はありません。

9.2. がんの遺伝子変異を幅広く解析する

推奨する組み合わせ:Illuminaなどの短鎖SBS + ONTまたはPacBio

まず、短鎖シーケンシングを使って、多数の検体についてSNP、indel、低頻度変異などを解析します。

次に、融合遺伝子、大きな欠失、複雑な構造変異など、短鎖では解析が難しい領域を長鎖で調べます。

この場合、最初からすべての検体について長鎖解析をする必要はありません。

短鎖解析で広く探索し、必要な検体や領域を長鎖解析に回す二段階の設計が合理的です。

ただし、ごく低頻度の腫瘍変異については、長鎖解析を追加するだけで検出精度が改善するとは限りません。

UMI(Unique Molecular Identifier)やDuplex Consensus、十分なDNA分子数を確保する工夫なども重要です。

9.3. RNAの発現とスプライシングを解析する

推奨する組み合わせ:Illumina/Element + ONT Direct RNAまたはPacBio Iso-Seq

短鎖RNA-seqを使うと、多数の遺伝子の発現量を効率的に測定できます。

一方、ONTやPacBioの長鎖解析では、1本のRNA転写産物がどのエクソンを含んでいるのか、どのアイソフォームなのかを把握しやすくなります。

特にONT Direct RNAは、逆転写やPCRを経ずにRNA分子自体を読み取ることに特徴があります。

そのため、RNA配列だけでなく、RNAに存在する化学修飾を研究する場合にも有用です。

これは、単に遺伝子の発現量を測定する研究から、RNA分子ごとの構造や状態を解析する研究への発展を可能にします。

9.4. 感染症や未知の病原体を迅速に調べる

推奨する組み合わせ:ONTを第一選択とし、必要に応じて短鎖で確認

ONTは、DNAやRNAの配列が読み取られた時点から解析できるという特徴があります。

そのため、以下の用途に適しています。

  • 感染症の解析。
  • 病原体の同定。
  • 薬剤耐性遺伝子の検出。
  • 現場での感染症監視。

また、Adaptive Samplingという技術では、不要なDNAをナノポアから途中で排出し、目的のDNAを取得する割合を高めることができます。

ただし、検査の感度は、核酸抽出、宿主由来DNA量、病原体量などにも左右されます。

測定装置が高速であることが、そのまま臨床診断の高感度を意味するわけではありません。

10. これからのDNAシーケンシング技術は、どこに向かうのか?

現在の技術進歩を踏まえると、今後の競争には4つの方向性があると考えられます。

10.1. 塩基配列の読み取り精度の差は縮まる

ONTの精度は大幅に改善し、PacBioもさらに高精度・低コストになっています。

そのため、単に1塩基をどれだけ正確に読むかという指標だけでは、差別化が難しくなる可能性があります。

むしろ、以下のような特徴が重要になると考えられます。

  • 何kb、あるいは何MbのDNAを読み取れるか。
  • どのゲノム領域を欠落なく読み取れるか。
  • どのような化学修飾を検出できるか。

これらは、単一リードの塩基精度だけでは評価できない性能です。

10.2. DNA配列だけでなく、化学修飾や立体構造も読む

ONTはDNAメチル化などを塩基配列と同時に検出できます。

PacBioもメチル化解析機能を強化しています。

将来的には、DNAの塩基配列だけでなく、その分子が持つエピジェネティックな状態まで統合して評価することが、重要な競争軸になるでしょう。

これは、ゲノム配列そのものを読む技術から、ゲノムがどのような状態にあるのかを解析する技術への発展でもあります。

10.3. 測定装置だけでなく、AI・解析アルゴリズムが性能を左右する

ONTのDorado、PacBioのDeepConsensusなどは、ハードウェアが取得した測定信号から有用な配列情報を取り出す技術です。

これらの技術では、機械学習モデルが非常に重要な役割を果たします。

したがって、同じ測定装置で取得したデータでも、新しい解析モデルを使用することによって、読み取り品質が改善する可能性があります。

PacBioでは、DeepConsensusの改良を通じて、HiFi配列の精度をさらに高めています。[11]

ただし、アルゴリズムだけでは克服できない試料調製や物理的な測定限界も残ります。

10.4. ナノポア技術は、DNA以外にも拡大する可能性がある

もう少し長期的な視点では、ナノポア技術の応用対象がDNAやRNA以外へ拡大する可能性があります。

ONTの基本原理は、DNAそのものを認識しているわけではありません。

ナノポアの中に存在する分子が、イオン電流をどのように変化させるかを測定しています。

したがって、原理的にはペプチドやタンパク質などにも応用できる可能性があります。

実際に、ナノポアを使ったタンパク質の同定やペプチド解析に関する研究が進められています。

ただし、2026年時点では、DNAシーケンシングのように成熟した、汎用的なタンパク質全配列解析技術にはまだ達していません。

将来的には、質量分析によるプロテオミクスを補完し、あるいは競争する技術になるかもしれません。

11. 新規ビジネスを考える際に、どの技術を選ぶべきか?

これまでの技術比較を、新しい事業を立ち上げるという観点から整理します。

11.1. 新しいゲノムの構造を徹底的に解明したい場合

ONT超長鎖とPacBio HiFiの組み合わせが候補になります。

長いDNAを読む能力と、塩基配列の高精度を両立できるためです。

ただし、コストや必要な試料量を考慮し、どちらか一方で目的を達成できる場合には、単独利用も合理的です。

11.2. SNPや発現解析を多数のサンプルで実施したい場合

Illumina、MGI、Element Biosciences、Ultima Genomicsなどの短鎖系が有力です。

特に、何千、何万というサンプルを継続的に解析する場合には、1検体当たりのコスト効率が重要になります。

11.3. 小型装置で柔軟な実験を行いたい場合

ONTが有力です。

超長鎖DNAの解析、RNAの直接読み取り、DNAメチル化解析、現場での迅速解析など、多様な用途に対応できます。

測定対象を天然のDNAやRNAに近い状態で扱える点も特徴です。

11.4. 高速・高スループットの次世代技術を評価したい場合

Roche SBXも候補に入ります。

DNA情報を人工分子に変換して測定するという独自の方法によって、ナノポアの信号品質と読み取り速度を高めようとしています。

ただし、新しい技術であるため、事業で求められる測定性能については十分な検証が必要です。

11.5. 重要なのは、1 Gb当たりの価格よりも、1検体当たりの総コスト

事業を考える際には、シーケンサーの装置価格や試薬価格だけで比較することは適切ではありません。

重要なのは、必要な精度と品質で解析が完了した、1検体当たりの総コストです。

ここには以下のような要素を含める必要があります。

  • 装置の購入費用。
  • ライブラリ調製費用。
  • シーケンシング試薬・消耗品費用。
  • 測定や解析の失敗率。
  • 必要な計算資源。
  • 装置稼働率。
  • 測定や解析に必要な人件費。

また、分析対象によっては、DNAをどれだけ長く保存できるか、DNAやRNAをどの程度の品質で抽出できるかも重要になります。

単に塩基を安く読むだけでなく、事業に必要な情報を、必要な精度と時間で得られるかどうかが判断基準です。

12. 技術競争をどう捉えるべきか?

現在の競争環境は、大きく4つの方向に整理できます。

技術 主な競争軸 技術的な特徴
Oxford Nanopore 超長鎖・直接測定 非常に長いDNAやRNAを直接読み、配列・構造・修飾を同時に調べる
PacBio 高精度長鎖 長いDNAを非常に正確に読み、複雑な遺伝子や微細な変異を解明する
Illumina・MGI・Element・Ultima 規模・経済性 大量の検体から高精度データを効率的に取得する
Roche SBX 高速・信号工学 測定対象を人工分子に変換し、ナノポアの信号品質と高速性を高める

特に興味深いのは、ONT、PacBio、Rocheが、それぞれ異なる方法で「高精度な分子の読み取り」という課題を解決しようとしていることです。

PacBioは、同じ分子を複数回測定してノイズを平均化する方法を採用しています。

ONTは、電気的な信号をより高度に解釈する方法を採用しています。

Rocheは、そもそも信号を出す分子を作り替える方法を採用しています。

つまり、3社は同じ「DNA配列を読む」という課題に対して、物理学、分子工学、情報科学の異なる解決策を提示しています。

今後5〜10年の技術競争を考えるうえでは、これらの精度限界、物理的限界、コスト低減余地を比較することが重要です。

そして、ゲノム解析を利用した新規ビジネスを考える起業家にとっては、単一のシーケンシング技術の性能だけでなく、複数の技術をどのように組み合わせ、どのような情報を取得できるかが、事業の競争力に関わってくると考えられます。

DNAの塩基配列を安く読むという競争から、DNAやRNAが持つ多様な情報を、どれだけ効率的に事業価値へ変換できるかという競争へ。

その変化こそ、現在のDNAシーケンシング技術の進化を考えるうえで、最も注目すべき点ではないでしょうか。

参考文献

[1] Oxford Nanopore Technologies, “Continuous development and improvement,” 企業技術資料. https://nanoporetech.com/about/continuous-development-and-improvement

[2] Oxford Nanopore Technologies, “Nanopore sequencing accuracy,” 企業技術資料. https://nanoporetech.com/platform/accuracy

[3] Pacific Biosciences, “PacBio Revio | Long-read sequencing at scale,” 製品・技術資料. https://www.pacb.com/revio/

[4] Illumina, “Sequencing by Synthesis (SBS) Technology,” 企業技術資料. https://www.illumina.com/science/technology/next-generation-sequencing/sequencing-technology.html

[5] MGI, “DNBSEQ Technology,” 企業技術資料. https://us.global-mgitech.com/technologies/dnbseq-technology/

[6] Element Biosciences, “AVITI24: Next Gen Multiomic Platform,” 製品・技術資料. https://www.elementbiosciences.com/products/aviti24

[7] Ultima Genomics, “UG 100 Sequencing Platform,” 製品・技術資料. https://www.ultimagenomics.com/products/ug-100-sequencing-platform/

[8] Roche Diagnostics, “Roche announces the launch of AXELIOS 1, a transformative next-generation sequencing platform,” プレスリリース, 2026年6月29日. https://diagnostics.roche.com/us/en/news-listing/2026/axelios-1-next-generation-sequencing-platform.html

[9] ロシュ・ダイアグノスティックス, “独自技術SBXによる新世代の次世代シークエンサー「AXELIOS 1」発売 ~将来のゲノム医療展開への重要な第一歩~,” プレスリリース, 2026年7月1日. https://www.roche-diagnostics.jp/media/releases/2026-7-1

[10] Pacific Biosciences, “SPRQ-Nx on Vega raises the bar for benchtop HiFi sequencing,” PacBio Blog, 2026年8月20日. https://www.pacb.com/blog/sprq-nx-on-vega-raises-the-bar-for-benchtop-hifi-sequencing/

[11] Pacific Biosciences, “Improving HiFi sequencing accuracy with Google DeepConsensus and AlphaEvolve,” PacBio Blog, 2026年4月30日. https://www.pacb.com/blog/improving-hifi-sequencing-accuracy-with-google-deepconsensus-and-alphaevolve/