対象読者

  • DNA配列、DNAメチル化などの化学修飾、RNA分子の情報を低コストで取得し、そのデータを活用した新規ビジネスを立ち上げたい起業家の方。
  • Oxford Nanopore Technologiesの技術進化を理解し、従来のDNAシーケンサーとの違いや、新しい分子解析サービスの可能性を知りたい方。
  • バイオセンサー、AI、分子計測技術の組み合わせによって、どのような新しい事業機会が生まれるのかに関心がある方。

要約

  • Oxford Nanopore Technologies(ONT)は、2014年に小型DNAシーケンサー「MinION」の研究者向け提供を開始し、2015年に商用化しました。約12年間で、DNAの読み取り精度、速度、処理量を大幅に改善しています。
  • 初期の読み取り精度は80〜90%前後でしたが、現在は1回の読み取りで99%以上、DNAの両鎖を利用するDuplex方式では99.9%以上の精度を実現しています。
  • DNA配列だけでなく、メチル化などの化学修飾、RNA分子そのもの、RNA修飾も解析できるようになり、単一分子から取得できる情報の種類が増えています。
  • 技術進化を支えてきたのは、タンパク質の孔、モーター酵素、電子回路、AIを組み合わせた継続的な改良です。一方、挿入・欠失の検出精度、サンプル調製、コスト、臨床利用における品質保証には課題が残っています。
  • ONTは単なるDNA配列解読装置から、DNA・RNA・エピゲノム情報を統合的に取得する単一分子解析プラットフォームへ進化しており、データを利用した新規ビジネスにとって注目すべき技術です。

1. 手のひらサイズのDNAシーケンサーから始まった技術革新

英国のOxford Nanopore Technologies(ONT)は、2014年にUSBメモリ程度の大きさのDNAシーケンサー「MinION」を研究者向けに提供し始め、2015年に商用化しました。[1]

それから約12年が経過した2026年現在、技術は大きく進歩しています。

特に興味深いのは、当初の基本原理をほとんど変えずに、タンパク質工学、酵素工学、半導体・電子回路、AIを組み合わせることで、実用性能を飛躍的に向上させたことです。

大きな進歩は次の5つです。

  1. 読み取り精度:初期の80〜90%前後から、現在は1回のDNA読み取りで99%以上、両鎖を使う方法では99.9%以上になりました。
  2. 読み取り速度・処理量:1つの孔でDNAを読み取る速度が約10倍になり、多数の孔を並列動作させることで、大規模ゲノム解析にも対応しました。
  3. 長いDNAの読み取り:数万〜数十万塩基を連続して読むことが一般化し、条件がよければ100万塩基以上も可能になりました。
  4. 読み取る情報の種類:DNA配列だけでなく、メチル化などの化学修飾やRNA分子そのものも解析できるようになりました。
  5. 装置の用途:小型の現場用シーケンサーから、大量のヒトゲノムを解析する研究施設向け装置、さらには臨床検査用途まで拡大しています。

ただし、すべての課題が解決したわけではありません。

特に、同じ塩基が連続する領域の精度、微量の変異検出、サンプル調製、測定の再現性には、現在も課題が残っています。[2]

2. ナノポアシーケンサーは何を測定しているのか

ONTの基本原理は、タンパク質の孔(ナノポア)にDNAを通過させ、そのときの電気信号の変化からDNA配列を読み取るというものです。

「電位変化を読み取る」という理解は本質的には正しく、厳密には、膜に電圧をかけたときにタンパク質の孔を通るイオン電流の変化を測定しています。

2.1. 複数の塩基が同時に電流に影響する

ここで重要なのは、1塩基ずつ電気的に区別しているわけではないという点です。

孔の狭い部分には、通常、複数の塩基が同時に影響します。

したがって、測定した電流波形から塩基配列を逆算しなければなりません。

例えば、DNAが次のような配列だとします。

… A C G T T A G C …

各時点の電流は、孔の中に位置する数塩基の組み合わせによって変化します。

そして、DNAを一定の速度で送り込むために、モータータンパク質(酵素)が利用されています。

2.2. 初期の技術が抱えていた3つの難題

この仕組みには、当初から3つの難題がありました。

  1. 複数塩基の信号が重なり、異なる配列でも似た電流波形になってしまいます。
  2. DNAの移動速度が揺らぎ、電流波形の時間軸と塩基の対応がずれてしまいます。
  3. 孔の状態、ノイズ、DNAの品質によって、同じ配列でも波形が変わってしまいます。

実は、その後の技術開発の大部分は、これらの問題をいかに減らすかに費やされてきました。

3. 2014年から2026年までの技術進化

ONTは、ナノポアの構造、DNAを移動させるモーター酵素、信号解析アルゴリズム、測定装置を継続的に改良してきました。[1][2]

その歴史を年代順に整理すると、次のようになります。

時期 主な技術進化 解決してきた課題
2014年 MinION初登場。原理実証から実用へ 小型・リアルタイム・長鎖読み取りを実現。ただし精度、データ量、ロット間ばらつきには大きな課題
2016〜2018年 R9世代。孔とモーター酵素の改良 DNAの移動速度が約400〜450塩基/秒に。AIベースの塩基判定が進化し、精度と処理量が向上
2019〜2020年 R10世代。信号分解能の改善 孔の構造を改良し、類似した塩基配列や反復配列を区別しやすくする方向へ
2021〜2023年 Q20+、R10.4.1、Kit 14。高精度化の転換点 1本鎖の読み取り精度99%以上を実現。両鎖を読むDuplex方式も発達し、99.9%以上の高精度読み取りが可能に
2024〜2025年 大規模ゲノム解析・臨床応用の成熟 高精度AI解析、メチル化検出、超長鎖DNA、ハイスループット装置が発展。MinION Mk1Dも登場
2026年 DNA・RNA・エピゲノムを統合する解析基盤へ PromethION Plusフローセル、新しいワークフロー、AI解析、品質管理を強化。ペプチド・タンパク質読み取りも研究開発段階に

これらは各年代の代表的な技術であり、性能は測定条件によって異なります。[1][3]

注目すべきは、最初から完成された高精度センサーがあったのではなく、複数の技術を組み合わせながら、長期間にわたって性能を引き上げてきたという点です。

4. 最大の進歩:読み取り精度をどう改善したのか

ONTの技術進化で最も重要な成果の一つは、読み取り精度の大幅な改善です。

その改善は、大きく分けると4種類の技術開発によって実現されました。

4.1. タンパク質の孔自体を改良した

初期のR7世代からR9、R10へと、DNAの信号をより明瞭に検出できる孔へ改良されました。

特にR10系では、孔の内部の狭窄構造が改良され、DNA上の異なる位置の情報をよりうまく区別できるようになっています。

これは電子回路でいうと、センサーの信号対雑音比や分解能を改善することに相当します。

4.2. DNAを送り込むモーター酵素を改良した

DNAを単に電圧で引っ張ると、速く通り過ぎてしまい、塩基を正確に読むのが難しくなります。

そこで、DNAの移動速度を制御するモータータンパク質を改良してきました。

1つの孔をDNAが通過する速度の推移を、代表的な公称値で比較すると次のようになります。

世代・時期 DNAの移動速度
2014年初期 約30塩基/秒
2015年 約70塩基/秒
2016年 R9 約250塩基/秒
R9.4以降 約450塩基/秒

これらは異なる測定条件・化学世代の代表値です。[1]

これにより、単位時間あたりの読み取り量が増えました。同時に、塩基判定に必要な電流信号の安定性も改善されました。

4.3. 電流波形の解読にAIを導入した

ここが、おそらく最も大きな変化の一つです。

初期のBasecalling(電流波形から塩基配列への変換)では、隠れマルコフモデルなどの統計的方法が利用されていました。

その後、ニューラルネットワークを用いた方法が発展し、現在はDoradoなどの深層学習ベースのBasecallerが使われています。

例えば、似たような電流が続いたとき、それが次のどの現象に該当するのかを、前後の信号を使って判断できるようになりました。

  • 同じ塩基が複数個続いているのか
  • DNAの移動が一時的に遅くなったのか
  • ノイズが入ったのか

つまり、センサーだけを改善したのではなく、同じセンサー情報から取り出せる情報量を増やしたのです。

4.4. DNAの両鎖を読んで誤りを訂正するようになった

DNAは二本鎖です。

両方を読めれば、片側で誤認識した塩基をもう片方の情報で訂正できます。

この考え方を利用するのがDuplex sequencingです。

2つの方式の違いは次のとおりです。

  • Simplex:片方のDNA鎖の信号から塩基配列を判定します。
  • Duplex:相補的な2本のDNA鎖の情報を統合して塩基配列を判定します。

片方の鎖に読み取り誤りが生じても、もう片方の鎖の情報を利用することによって、誤りを減らせます。

読み取り精度はPhredのQスコアで表すことが多く、Q20は誤り率1%、Q30は0.1%を意味します。

方法 代表的な精度水準 予想誤り率
初期MinION 約80〜90% 約10〜20%
現行世代のSimplex 99%以上(Q20+) 1%未満
高精度Duplex 99.9%以上(Q30+) 0.1%未満

ただし、これらは異なる年代・測定条件の代表値です。[2]

Duplexで読めるDNAの割合は条件によって変わり、全データがQ30以上になるわけではありません。

また、多数の読み取りを統合したコンセンサス配列の精度は、単一分子の精度とは区別する必要があります。

5. 処理能力の向上と、装置ラインアップの拡大

ONTの装置は、もはや小型のMinIONだけではありません。

小型デバイスから大規模な研究施設向け装置まで、同じ基本原理を使ったさまざまな製品が展開されています。

5.1. MinION Mk1D:小型・現場用シーケンサー

初代から続く小型モデルです。

2024年に新世代のMinION Mk1Dが登場し、温度制御や耐久性が改良されました。

現場での感染症解析や環境DNA解析などに利用されています。

5.2. GridION:研究室での多検体処理

GridIONは、複数のMinION系フローセルを並列運転できる装置です。

研究室内で多検体を処理し、解析計算も統合することができます。

5.3. PromethION P48:大規模ゲノム解析

PromethION P48は、最大48枚の高密度フローセルを利用する大型装置です。

1回の運転でテラ塩基規模のデータを扱い、多数のヒトゲノムや大規模研究に対応しています。

5.4. 10年間でデータ出力量は約40倍に

ONTの2025年年次報告書によれば、MinIONのデータ出力量は10年間で約40倍になり、読み取り精度は99%以上へ向上しました。[1]

ここで注目すべきは、初代MinIONが小さいだけの装置だったのではなく、同じ基本原理を小型にも大型にも展開できるプラットフォームの出発点だったということです。

6. DNA配列だけでなく、メチル化やRNAも読み取れるようになった

ここはONTならではの大きな進歩です。

従来のDNAシーケンサーでは、DNAを化学的・酵素的に処理して塩基配列を決定するため、元のDNAに付いていた化学修飾の情報が失われたり、別の測定法が必要になったりしました。

一方、ナノポアでは、修飾された塩基が未修飾塩基とは異なる電流信号を出します。

それを利用して、DNAの配列だけではないさまざまな情報を取り出せます。

情報 可能になったこと
DNA配列 SNP、挿入・欠失、構造変異の検出
DNAメチル化 CpGメチル化などを、DNA配列と同じ分子から解析
超長鎖DNA 複雑な反復配列、染色体構造、ハプロタイプの解析
RNA配列 cDNAに変換せず、RNA分子を直接読み取る
RNA修飾 m6Aなど、RNA上の化学修飾の解析
ペプチド アミノ酸配列の検出技術を研究開発中

6.1. DNA配列とメチル化を同時に解析する

特に、DNA配列とメチル化を同じ分子について同時に解析できることは、がん研究やエピゲノム研究にとって重要です。

DNAの塩基配列だけでなく、同じDNA分子にどのような化学修飾が付いているのかを調べられるためです。

6.2. RNAを直接読み取る

ONTでは、RNAをcDNAに変換することなく、RNA分子そのものを読み取れます。

RNAの直接読み取りでは、逆転写やPCRに伴うバイアスを避けつつ、RNAアイソフォームや修飾情報を調べられます。

ただし、RNA解析はDNA解析よりも精度や試料品質に敏感で、修飾検出も種類によって成熟度が異なります。

6.3. Adaptive Sampling:測定しながら、次に読む分子を選ぶ

もう一つ面白いのは、2026年に入ってからもAdaptive Samplingが進化していることです。[3]

これはDNAを読み始めた段階で、ソフトウェアが「目的の配列かどうか」を判定し、不要ならその分子を孔から排出して別のDNAを読み込む技術です。

つまり、センサーが単に測定するだけでなく、測定結果に基づいて次に何を測るかをリアルタイムに制御するようになっています。

これは単なる配列解読速度の向上とは異なる進歩です。

7. 2026年現在も残っている技術課題

読み取り精度や処理能力は大幅に改善しましたが、すべての問題が解決したわけではありません。

現在の主な課題は次のとおりです。

課題 改善状況 現在残る問題
塩基読み取り精度 大幅に改善 単一分子での高精度化、低頻度変異
同じ塩基の連続(Homopolymer) R10系とAIで改善 挿入・欠失の誤判定が残る
超長鎖DNAの測定 大幅に進歩 DNAを壊さず抽出する技術が重要
処理量・コスト 数十倍以上に向上 フローセルの価格・寿命・稼働率
RNA解析 直接RNA読み取りを実用化 DNAより精度・処理量・解析モデルに課題
再現性・品質保証 Q-Lineなどで改善 臨床検査の標準化、規制対応

7.1. 挿入・欠失の検出には依然として弱点がある

例えば2026年の臨床ゲノム解析に関する比較研究では、ONTは一塩基置換の検出で高い性能を示す一方、挿入・欠失(indel)の検出には依然として弱点があることが報告されています。

特に、同じ塩基が連続するHomopolymer領域のように、電流波形から塩基数を正確に決定することが難しい領域は、継続的な改善対象となっています。

7.2. 超長鎖DNAではサンプル調製が重要になる

ナノポアは原理上、DNA分子の長さに強い制約がありません。

しかし、実際にはDNA抽出時に分子を切断してしまうことが多いため、センサーだけでなく試料調製も性能を左右します。

非常に長いDNAを読み取る能力があっても、測定前にDNAが短く切断されてしまえば、その能力を十分に活用できません。

7.3. 臨床利用には再現性と品質保証が必要になる

臨床利用では、「最新ソフトウェアで精度が上がる」という利点が、逆に「ソフトウェアが更新されるたびに検査法の妥当性確認が必要になる」という問題も生みます。

ONTが品質管理されたQ-Line製品群を整備しているのは、この課題への対応でもあります。

技術的に高精度な配列が得られることと、臨床検査として安定した品質を保証できることは、区別して考える必要があります。

8. IlluminaやPacBioとの比較で見えるONTの特徴

ONTの特徴を理解するために、代表的なDNAシーケンシング技術と比較してみます。

比較項目 Illumina PacBio HiFi Oxford Nanopore
読み取り方式 合成しながら光学検出 単一分子の合成反応を光学検出 孔のイオン電流を検出
典型的なリード長 短い(100〜300塩基) 長い(約10〜25 kb) 非常に長いものも可能
高精度な塩基判定 得意 得意 大幅に改善、条件依存
大きな構造変異 制約あり 得意 特に得意
ネイティブDNAのメチル化 通常は追加手法が必要 検出可能 配列と同時に直接検出
リアルタイム解析 制約あり 制約あり 得意
現場への持ち運び 一般には不向き 不向き 得意

この比較から分かるのは、ONTが単にIlluminaの代替品になろうとしているわけではないことです。

DNAをできるだけそのまま、長い分子のまま、さまざまな修飾情報と一緒に、リアルタイムで測定するという方向に独自の価値があります。

DNA配列や化学修飾、RNA分子の情報を利用した事業を検討するうえでは、単純な塩基あたりの読み取りコストだけではなく、どのような種類の分子情報を取得できるかという観点も重要になります。

9. この12年間で、技術の本質はどう変わったのか

ONTの12年間の進化を振り返ると、特に重要なのは次の3点です。

9.1. DNAセンサーから、AIと一体化した分子情報読み取りシステムへ

ナノポアが単なるDNAセンサーから、AIと一体化した分子情報読み取りシステムになったことは重要な変化です。

孔が出す電流信号だけでは情報が不完全でも、タンパク質設計、モーター酵素、信号処理、AIモデルを一体として最適化することによって、実用的な精度に到達しました。

9.2. 「DNAを読む」から「分子が持つ複数の情報を同時に読む」へ

DNAの塩基配列に加え、メチル化、RNAの修飾、分子の長さ、ハプロタイプなどを取得できるようになりました。

これは、従来は複数の分析技術が必要だった情報を、単一のプラットフォームから得られる可能性を広げています。

9.3. ソフトウェアと消耗品の更新で性能を改善する測定システムへ

センサーを交換しなくても、ソフトウェア・消耗品の更新で測定性能を改善できることも重要です。

これは、半導体技術とタンパク質工学、AIが組み合わされた測定システム特有の進化です。

ただし、孔やモーター酵素の改良には物理的な変更も必要であり、AIだけですべての限界を克服できるわけではありません。

10. 今後5〜10年で注目したい技術:タンパク質の読み取り

2026年5月のONTの技術発表では、将来に向けてペプチドのアミノ酸判定によるタンパク質同定のデモンストレーションも紹介されました。[3]

これは、まだDNAシーケンサーのように成熟した商用タンパク質シーケンサーを意味するものではありません。

しかし、ここには重要な可能性があります。

DNAが通ったときに生じるイオン電流の変化を読めるなら、適切な孔と分子移動制御機構を開発することで、タンパク質や他の分子についても固有の電流信号を読み取れるかもしれません。

実現には、次のようなDNA以上に難しい問題があります。

  • アミノ酸20種類の識別
  • ペプチド移動の精密制御
  • 立体構造や化学修飾の影響の分離

それでも、ONTが目指す方向は、DNA配列解読装置から、より一般的な単一分子の電気的情報解析プラットフォームへの発展だと解釈できます。

11. 新規ビジネスを考える起業家にとっての意味

ONTの技術進化は、DNAシーケンサーそのものの性能向上にとどまりません。

DNA配列、メチル化などの化学修飾、RNA分子の情報を利用した新規ビジネスを考えるうえでも、重要な示唆があります。

11.1. 低コスト化と装置の小型化

初期MinIONから現在までの進化によって、小型装置でも高精度なDNA解析が可能になり、処理量も大幅に増えました。

一方で、実際の解析コストは、フローセルの価格・寿命・稼働率やサンプル調製などにも左右されます。

したがって、装置の小ささや公称処理能力だけでなく、実際の運用条件を踏まえることが重要です。

11.2. DNA配列だけでなく、複数の情報を取得できる価値

DNA配列とメチル化を同じ分子から取得できることや、RNAを直接読み取れることは、ONTの大きな特徴です。

これらは、がん研究、エピゲノム研究、RNAアイソフォーム解析、構造変異解析などに利用できます。

従来は複数の分析技術が必要だった情報を、単一のプラットフォームから取得できる可能性があるためです。

11.3. リアルタイム解析と測定制御

ONTは、データをリアルタイムに取得できることも特徴です。

さらにAdaptive Samplingでは、取得したデータをもとに次に測定するDNA分子を選択できます。

これは、単にデータを取得してから解析する装置ではなく、解析結果を測定にフィードバックできるシステムへと進化していることを意味します。

11.4. AIによって測定データの価値を高める

ONTの進化を支えてきたのは、センサーの改良だけではありません。

電流波形から塩基配列を推定するAIの進歩によって、同じセンサー情報から取り出せる情報量が増えました。

この点は、バイオセンサーとAIを組み合わせた新しい計測技術や、それを利用した事業を考えるうえでも示唆的です。

11.5. 実用化では品質保証と再現性が重要になる

研究用途で利用できる技術と、臨床検査などで安定して提供できる技術は同じではありません。

読み取り精度、低頻度変異の検出、DNAやRNAの試料品質、フローセルの性能、ソフトウェア更新時の妥当性確認など、考慮すべき課題が残っています。

新しい分子情報サービスを事業化する場合にも、これらの制約を理解しておく必要があります。

12. まとめ:必ずしも精密ではないセンサーが、高性能な分析プラットフォームに育った

ONTの12年間の最も興味深い点は、最初から優秀なセンサーを完成させたのではなく、必ずしも精密ではない生物由来センサーを、周辺技術と計算技術の継続的な改良によって高性能な分析装置に育て上げたことです。

初期のMinIONは、DNAを長い分子のままリアルタイムで読み取れるという画期的な特徴を持つ一方、精度や処理量に大きな課題がありました。

その後、タンパク質の孔、モーター酵素、電子回路、AIによる信号解析、Duplex sequencingなどが発展し、現在では高精度なDNA解析や大規模ゲノム解析が可能になっています。

さらに、DNA配列だけでなく、DNAメチル化、RNA分子、RNA修飾まで解析できるようになりました。

今後は、ペプチドやタンパク質など、さらに幅広い分子情報の読み取りに発展する可能性もあります。

一方、挿入・欠失の読み取り精度、サンプル調製、コスト、品質保証など、実用化に向けた課題は残っています。

それでも、ONTの進化は、バイオセンサーだけでなく、さまざまな新しい計測技術を考える上でも非常に示唆的です。

DNA配列解読技術の進歩としてだけでなく、分子の情報を安価に、多面的に、リアルタイムで読み取る技術基盤の進化として捉えることが、新しいバイオビジネスを考えるうえで重要です。

参考文献

[1] Oxford Nanopore Technologies, “Continuous development and improvement,” 公式技術紹介. https://nanoporetech.com/about/continuous-development-and-improvement

[2] Oxford Nanopore Technologies, “Accuracy,” 公式技術資料. https://nanoporetech.com/platform/accuracy

[3] Oxford Nanopore Technologies, “London Calling Technology Update,” 2026年. https://nanoporetech.com/ja/news/london-calling-technology-update

[4] Nucleic Acids Research, 2026年, DOI: 10.1093/nar/gkag023. https://doi.org/10.1093/nar/gkag023