対象読者
- 国際協力、開発援助、フィランソロピーに関心があり、世界の大規模な民間財団の活動を知りたい方
- アフリカの経済発展、若者の雇用創出、教育・金融包摂の取り組みに関心がある方
- 企業財団の設立背景や運営モデル、社会的インパクトの評価方法を学びたい方
要約
- Mastercard Foundationは、2006年にMastercardの株式公開を契機として設立された独立系の慈善財団です。2025年末の資産規模は約530億ドルに達しています。
- 当初は教育と金融包摂を中心に活動していましたが、2018年に「Young Africa Works」を開始し、2030年までにアフリカの若者3,000万人の就業機会を支援する戦略へと発展しました。
- 教育、職業訓練、金融アクセス、産業育成、雇用創出を一体的に支援し、個人の能力開発だけでなく、地域経済や社会制度の改革を目指している点が特徴です。
- 現在は、女性の経済参加、雇用市場の脆弱性、資産運用の集中リスク、現地主導の事業運営などが重要な課題です。
- 2026年には新CEOが就任しました。2030年に向けて、支援人数だけでなく、就業の質や長期的な経済的自立をどこまで実現できるかが問われています。
1. Mastercard Foundationとは何か
Mastercard Foundation(マスターカード財団)は、2006年に決済大手Mastercardの株式公開を契機として誕生した、世界有数の資産規模を持つ独立系の慈善財団です。[1]
設立当初は、貧困層の金融アクセス改善と教育機会の拡大を中心に活動していました。その後、アフリカの若者の雇用と経済的自立を促進する大規模な開発財団へと発展しました。
現在、財団は単なる教育支援や寄付ではなく、教育・金融・産業・雇用を結びつけ、若者が継続的に働き、収入を得られる社会経済システムを構築することを重視しています。[2]
1-1. Mastercard Foundationの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | Mastercard Foundation(マスターカード財団) |
| 設立 | 2006年 |
| 設立の契機 | MastercardのIPO(新規株式公開) |
| 組織形態 | カナダの登録慈善団体 |
| Mastercardとの関係 | 独立した理事会と経営陣を持つ慈善財団 |
| 2025年末の資産規模 | 約530億米ドル |
| 設立以来の累計資金コミットメント | 約137億米ドル |
| 累計支援対象地域 | 74か国 |
| 主要活動地域 | アフリカ、カナダの先住民コミュニティ |
| アフリカでの2030年目標 | 若者3,000万人の尊厳ある就業機会へのアクセス支援 |
| カナダでの2030年目標 | 先住民の若者10万人の高等教育と生計形成への移行支援 |
財団の2025年末の資産規模は約530億米ドルで、設立以来の累計資金コミットメントは約137億米ドルに達しています。[3][4]
ただし、資産規模、資金コミットメント、実際の支出額は異なる指標です。財団の活動を評価する際には、これらを区別する必要があります。
1-2. 財団を理解するための5つのポイント
Mastercard Foundationの特徴は、次の5点に整理できます。
-
企業が設立しましたが、企業のCSR部門ではありません。 Mastercard本体とは独立した理事会と経営陣を持ち、独自に資金配分を決定しています。
-
莫大な金融資産を背景に、長期・大規模な支援が可能です。 一方で、Mastercard株式への資産集中は重要な経営上のリスクとなってきました。
-
2018年に戦略を大きく転換しました。 教育と金融包摂を手段として、2030年までにアフリカの若者3,000万人の就業機会創出を支援する目標に移行しました。
-
現地主導と制度改革を重視しています。 アフリカ各国の政府、企業、大学、NGOなどと連携し、雇用を生み出す仕組みそのものを改善しようとしています。
-
現在は成果の実証が重要な局面です。 支援した人数だけでなく、安定した収入、仕事の質、女性の経済参加、事業終了後の持続性をどこまで確認できるかが問われています。[2][5]
2. 設立から現在までの歴史
Mastercard Foundationの歴史を振り返ると、教育と金融包摂を中心とする慈善活動から、アフリカの経済システム全体の変革を目指す取り組みへと発展してきたことがわかります。
2-1. 2006年:MastercardのIPOを契機に設立
Mastercard Foundationは、2006年にMastercardが株式公開した際に設立されました。
設立資金は、約4,000万米ドルの現金と、当時約5億米ドル相当のMastercard株式でした。[1][6]
ここで重要なのは、Mastercardの年間利益から毎年寄付を受ける仕組みではなく、株式という長期的な金融資産を財団に移転したことです。
その後、Mastercard株式の価値が上昇したことで、財団の資産規模は飛躍的に拡大しました。
この仕組みが、Mastercard Foundationを世界有数の規模を持つ慈善財団へと成長させる大きな要因になりました。
2-2. 2008〜2011年頃:金融包摂と教育の基盤形成
設立初期には、マイクロファイナンス、小規模事業者支援、貧困層の教育機会拡大を中心に活動しました。
特に、農村部で金融サービスを利用できない人々への支援や、農業経営、起業支援などに取り組みました。
この時期の中心的な課題は、金融サービスや教育へのアクセスが不足していることで、個人の経済的な可能性が制限されているという問題でした。
2-3. 2012年:Scholars Programの開始
2012年には、Mastercard Foundation Scholars Programが開始されました。[1]
このプログラムは、経済的制約のある有望な若者が、高等教育やリーダーシップ育成の機会を得られるよう支援するものです。
大学との長期的なパートナーシップを通じて、教育費だけでなく、学生の成長や卒業後のキャリア形成も支援しています。
その後、Scholars Programは財団を代表する教育支援プログラムへと成長しました。
2-4. 2018年:Young Africa Worksへの戦略転換
2018年は、財団の歴史における大きな転換点です。
Mastercard Foundationは「Young Africa Works」を開始し、2030年までにアフリカの若者3,000万人が尊厳のある仕事にアクセスできるよう支援する目標を掲げました。[2]
また、対象者の70%を若い女性とする方針も打ち出しました。
それまでの教育や金融サービスへのアクセス改善に加えて、雇用と生計の改善を財団全体の戦略の中心に据えたことが特徴です。
2-5. 2020〜2022年:危機対応と支援領域の拡張
COVID-19の感染拡大により、アフリカの教育や雇用は大きな打撃を受けました。
Mastercard Foundationは、教育・雇用への影響に対応するとともに、Africa CDCとの保健分野の協力、女性起業家への資金供給、難民や障害者の包摂などにも活動を広げました。[7]
教育や雇用の問題が、公衆衛生、社会保障、金融制度などとも深く関係していることが、財団の活動領域の拡張につながりました。
2-6. 2023〜2024年:資産運用の多様化
財団は長年、Mastercard株式を主要な金融資産として保有していました。
しかし、特定企業の株式に資産が集中することは、株価変動や資金管理の面でリスクとなります。
2023年には、資産分散についてMastercard側との協議が進められました。[6]
2024年には、独立した資産運用会社であるMastercard Foundation Asset Management(MFAM)が設立されました。[8]
これは、長期的な慈善活動を支える金融基盤を安定させるための重要な取り組みです。
2-7. 2026年:新CEOの就任
2026年1月1日、Sewit AhderomがMastercard FoundationのCEOに就任しました。[9]
前任のReeta Royは18年間にわたって財団を率い、事業規模の拡大とアフリカへの戦略的な重点移行を進めてきました。
新CEOのSewit Ahderomは、技術、アフリカ投資、農業データ、AIを活用した事業などの経験を持っています。
2026年以降は、新たな経営体制の下で、2030年目標に向けた実行と成果検証が進められています。
3. Mastercard Foundationの組織としての特徴
3-1. Mastercard本体から独立した慈善財団
Mastercard Foundationは、名前にMastercardを冠していますが、Mastercard Incorporatedの子会社でも、一般的な企業CSR部門でもありません。
| 比較項目 | Mastercard | Mastercard Foundation |
|---|---|---|
| 組織形態 | 営利企業 | カナダの登録慈善団体 |
| 主な目的 | 決済・金融技術事業 | 教育、金融包摂、経済的機会の拡大 |
| 経営 | 企業経営陣・取締役会 | 独立した理事会・経営陣 |
| 財務基盤 | 商業収益 | 寄贈された株式と運用資産 |
| 意思決定 | 企業の事業戦略 | 財団独自の公益目的・戦略 |
| 主な活動地域 | 世界各地 | アフリカ、カナダの先住民コミュニティ |
ただし、制度上の独立性は、Mastercardとの資本・歴史的な関係が完全になくなったことを意味しません。
財団は長年Mastercard株式を保有しており、2023年には資産分散についてMastercard側と協議しています。[6]
3-2. 一般的な助成財団よりも「システム改革」に重点を置く
Mastercard Foundationは、学校を建設したり、奨学金を提供したりするだけでは、若者の長期的な経済的自立は実現しないと考えています。
そこで、教育、金融、雇用、市場への接続を一体的に支援するアプローチを採っています。
その基本的な考え方は、以下のように整理できます。
-
教育・職業スキルを向上させます。 大学教育、職業訓練、デジタル教育などを通じて、若者の能力を高めます。
-
金融アクセスを改善します。 融資、起業支援、金融サービスへのアクセスを拡大します。
-
市場や雇用機会につなげます。 企業、取引先、雇用市場との接点をつくります。
-
尊厳があり、やりがいのある仕事を実現します。 安定的な収入だけでなく、社会的な承認や成長機会も重視します。
-
地域経済や社会制度の持続的な改善につなげます。 貧困削減、企業成長、次世代の雇用創出を目指します。
2026年に公表されたYoung Africa Worksの7年間の教訓では、財団自身が、職業訓練だけ、融資だけ、起業支援だけでは、持続的な成果につながりにくいことを認めています。[5]
市場への接続、技術支援、金融支援を統合した事業の方が、より良い結果を得やすいという分析です。
3-3. 長期的かつ大規模な支援を可能にする財務力
Mastercard Foundationの大きな特徴の一つは、その資産規模です。
| 時期 | 概算資産規模 |
|---|---|
| 2006年・設立時 | 約5.4億米ドル |
| 2023年6月 | 約370億米ドル |
| 2024年末 | 約503億米ドル |
| 2025年末 | 約530億米ドル |
2006年は設立時の現金と株式の概算合計、2023年はMastercardの公表値、2024年はForm 990、2025年は財団財務資料を引用した報道に基づく概数です。時点と評価基準に違いがあるため、完全に同一条件で比較した数値ではありません。[3][4][6][10]
2025年のプログラム支出額は、約18.9億米ドルと報じられています。[4]
また、OECDの集計によると、2023年の開発資金拠出額は約13億米ドルで、その92.5%がアフリカ向けでした。[11]
こうした規模の財務基盤によって、複数の国にまたがる長期的なプログラムや、教育・金融・産業を横断する大規模な支援が可能になっています。
3-4. 現地組織の主体性を重視
国際援助では、欧米の財団や国際NGOが資金配分と意思決定を担い、アフリカの団体が事業実施を担当する構造がしばしば見られます。
Mastercard Foundationは、この構造を見直し、アフリカの組織が事業設計や意思決定を主導できるようにする方針を打ち出しています。
2026年時点で、アフリカ7か国に現地拠点を持ち、広域プログラムを含め47か国に活動を広げ、450件超のプログラムを実施中と報告しています。[5]
また、若者主体の団体との直接的な協働も拡大しています。
これは、資金提供者だけが解決策を決定するのではなく、現地の知識や経験を事業設計に反映させることを重視するアプローチです。
4. 現在の重点事業・注力分野
Mastercard Foundationの現在の全体戦略は、アフリカ向けの「Young Africa Works」と、カナダの先住民コミュニティ向けの「EleV」という2つの柱で構成されています。
4-1. Young Africa Works
Young Africa Worksは、2030年までにアフリカの若者3,000万人が、尊厳があり、やりがいのある仕事にアクセスできるよう支援する戦略です。[2]
特に、若い女性を対象者の70%とする目標を掲げています。
雇用機会を増やすだけでなく、若者が経済的に自立し、地域社会の発展に参加できる環境を整備することを目指しています。
4-2. EleV
EleVは、カナダの先住民の若者を対象とする取り組みです。
2030年までに10万人の若者が高等教育や生計形成へ移行できるよう支援することを目標としています。[12]
財団の活動はアフリカに重点を置いていますが、カナダの先住民コミュニティへの支援も重要な柱となっています。
4-3. 分野別の重点領域
Mastercard Foundationは、教育、金融、産業、雇用など、複数の分野を横断して事業を展開しています。
| 分野 | 主な取り組み |
|---|---|
| 教育・職業訓練 | 奨学金、高等教育、職業訓練、教員育成、就職への移行 |
| デジタル・技術 | デジタルスキル、EdTech、ICT人材、技術を活用した起業 |
| 農業・食料システム | 小規模農家、農業関連企業、農産物流通、若者の農業雇用 |
| 金融包摂・起業 | 中小企業融資、女性起業家支援、資金調達へのアクセス |
| 保健・医療 | 公衆衛生、人材育成、アフリカのワクチン製造能力 |
| 難民・避難民 | 教育、職業訓練、就業支援、経済的自立 |
| 障害者包摂 | 障害のある若者の教育・就業に関わる障壁の解消 |
これらは独立した縦割りの事業というよりも、Young Africa Worksの雇用目標を支える相互に連携した分野です。[4][7]
4-4. 代表的なプログラム
Mastercard Foundation Scholars Program
Mastercard Foundation Scholars Programは、大学進学支援に加え、リーダーシップ育成、社会貢献、卒業後のキャリア形成を支援するプログラムです。
2026年時点で累計5万8,000件超の奨学金をコミットしており、2030年までに10万人への支援を目指しています。[4]
Centre for Innovative Teaching and Learning
Centre for Innovative Teaching and Learningは、アフリカの教育技術企業やEdTech支援組織と協力し、教育の質やアクセスを改善する取り組みです。
デジタル技術の活用と、現地の教育課題に適した事業モデルの育成を進めています。[4]
Africa Growth Fund / Fund for Resilience and Prosperity
Africa Growth FundやFund for Resilience and Prosperityでは、女性が主導する中小企業などへの資金供給、農業バリューチェーンの発展、雇用機会の拡大を重視しています。
従来の助成活動と金融市場の発展を結びつける取り組みです。[4][7]
4-5. 地理的な重点
Young Africa Worksでは、以下の7か国を中心に国別プログラムを展開しています。
| 国 | 主な拠点都市 |
|---|---|
| ガーナ | アクラ |
| ケニア | ナイロビ |
| ナイジェリア | ラゴス |
| ウガンダ | カンパラ |
| エチオピア | アディスアベバ |
| ルワンダ | キガリ |
| セネガル | ダカール |
セネガル拠点では、西アフリカ経済通貨同盟(WAEMU)地域も対象にしています。
これらの国別プログラムに加え、複数の国にまたがる広域プログラムも展開されています。[5]
5. Mastercard Foundationが現在直面している課題
Mastercard Foundationは、世界有数の資産規模を持つ財団として活動を拡大していますが、その一方で重要な課題も抱えています。
ここでは、財団自身が認めている課題と、公開資料から考えられる経営上・事業上のリスクを区別して整理します。
5-1. 課題①:2030年までに3,000万人という目標を達成できるか
最も重要な課題は、Young Africa Worksの目標達成と、その成果を客観的に示すことです。
財団の2026年の振り返りによると、若者が職業訓練を受けたり、金融サービスを利用したりしただけでは、十分な成果とはいえません。[5]
財団が重視する「Dignified and Fulfilling Work(尊厳があり、やりがいのある仕事)」は、安定的な収入に加えて、社会的な尊重、仕事への誇り、目的意識などを考慮する概念です。
つまり、単なる就職者数ではなく、就業の質も評価する必要があります。
成果評価では、次の4つの段階を区別することが重要です。
- プログラムに参加・到達した人数
- 新たな仕事や収入獲得につながった人数
- 尊厳があり、やりがいのある仕事を得た人数
- その就業と生活改善が長期的に維持された人数
これらは同じ人数を意味するものではありません。プログラムへの参加者数を、そのまま目標達成人数とみなすことはできません。
財団は2026年の報告で、20万人以上の若者への聞き取りを含む大規模な成果評価を進めていると説明しています。[5]
ただし、今回確認した「7年間の教訓」資料は、3,000万人という目標に対する最終的な達成状況を示す報告書ではありません。
そのため、2026年時点で目標の何%を実質的に達成したかについては、確認した資料だけでは断定できません。
5-2. 課題②:女性の経済参加を実現する難しさ
Young Africa Worksでは、対象者の70%を若い女性とすることを掲げています。
しかし、財団自身が2026年の学習報告で、この目標は実行面で特に難しいものの一つだったと認めています。[5]
具体的な障壁として、次の問題があります。
- 資金調達の困難
- 家事・育児・介護負担
- 移動の制約
- 社会規範
- 地域ごとの就業機会の不足
さらに、農村部の若い女性への支援は、都市部の男性向けプログラムよりも時間や費用がかかる場合があると報告されています。
そのため、研修参加者の男女比を整えるだけでは不十分です。
女性が継続して収入を得られるような制度や社会環境を整備する必要があります。
5-3. 課題③:アフリカの雇用市場そのものの脆弱性
職業訓練によって人材を育成しても、雇用を生み出す企業が十分に成長していなければ、若者は安定した仕事を得られません。
特に問題になるのは、次の要素です。
- 非公式経済(インフォーマルセクター)への依存
- 中小企業の資金調達の難しさ
- 農業関連の市場・サプライチェーンの脆弱性
- 気候変動による農業収入への影響
- 紛争・難民問題による経済活動の制約
財団は2026年の報告で、事業を進める過程で、雇用を支える市場や制度が当初の想定以上に脆弱だったことを認めています。[5]
これは、個人の能力開発だけでは解決できない問題です。
産業育成、雇用政策、金融市場、民間投資といった広い領域に取り組む必要があります。
5-4. 課題④:資産運用の集中リスクと長期的な財政基盤
Mastercard Foundationの発展を支えたMastercard株式は、同時に資産集中リスクの原因にもなっています。
2023年のMastercard側の発表によると、財団の資金源は設立以来Mastercard株式に依存しており、当初の寄贈契約には株式売却に関する制限もありました。[6]
こうした問題への対応として、2024年にはMastercard Foundation Asset Management(MFAM)が設立されました。[8]
現在の重要な経営課題は、資産の分散を進めながら、年間約20億米ドル規模の公益活動を長期的に支える運用収益と流動性を確保することだと考えられます。
ただし、最新のMastercard株式保有比率や分散投資の進捗については、2025年財務資料の詳細な検証が必要です。
5-5. 課題⑤:現地主導と大規模事業の両立
Mastercard Foundationは、アフリカの組織や若者主体の団体への直接支援を増やす方向に進んでいます。
一方、現地に根ざした小規模プログラムを急速に拡大すると、地域の信頼関係や柔軟性といった強みが失われる可能性があります。
この点についても財団自身が、事業規模の拡大と効果の向上は同じではないという教訓を公表しています。[5]
今後は、現地組織への権限移譲、実施能力の強化、助成金管理、成果測定をどのように両立するかが、大きな運営課題となります。
5-6. 課題⑥:新しい経営体制への移行
2026年1月、長期間にわたり財団を率いてきたReeta Royに代わり、Sewit AhderomがCEOに就任しました。[9]
Sewit Ahderomは、アフリカ投資、農業・食料システム、AIを活用したデータ事業などの経験を持っています。
ここでの論点は、新体制が既存の2030年戦略を継続しながら、プログラムの成果測定、資産運用の多様化、現地パートナーとの関係をどう発展させるかです。
新CEOへの移行自体が問題ということではありません。
大規模な長期戦略の実行途中における、重要な組織運営上の転換点と位置づけられます。
6. 主要課題の整理と今後の注目点
ここまでに取り上げた課題を整理すると、次のようになります。
| 課題 | 現状・背景 | 今後の注目点 |
|---|---|---|
| 2030年目標 | 3,000万人の就業機会支援を目標 | 就業の質を含む実績と達成率 |
| 女性の経済参加 | 対象者の70%を女性に設定 | 育児・移動・資金制約への対応 |
| 雇用市場 | 中小企業や地域市場が脆弱 | 企業成長と安定した雇用創出 |
| 資産運用 | Mastercard株式に歴史的に依存 | 分散投資と長期的な資金供給 |
| 現地主導 | アフリカの実施組織を重視 | 権限移譲と事業管理の両立 |
| 経営体制 | 2026年にCEOが交代 | 戦略継続、効果検証、実行力 |
これらはそれぞれ独立した問題ではありません。
例えば、若者の職業訓練を拡大しても、地域企業に十分な資金が供給されなければ、雇用は増えにくいと考えられます。
また、女性の就業機会を増やすには、教育や金融支援だけでなく、家事・育児負担や移動の制約といった社会的な障壁にも対応する必要があります。
Mastercard Foundationの今後の成果は、このような複数の課題をどこまで一体的に改善できるかに左右されると考えられます。
7. Mastercard Foundationの今後の展望
7-1. 財団の歴史を3つの段階で捉える
Mastercard Foundationの変遷は、分析上、次の3つの段階で理解することができます。
| 時期 | 段階 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 2006〜2017年 | 第1期:教育・金融包摂を通じた貧困対策 | 個人の機会を広げる支援が中心 |
| 2018〜2025年 | 第2期:若者の就業を軸にした社会経済システムの改革 | Young Africa Works、現地拠点拡大、大規模なパートナーシップ |
| 2026〜2030年 | 第3期:成果の実証・持続可能性・規模拡大の質 | 新CEOの下で、社会的インパクトと運営モデルの成熟が問われる段階 |
なお、この3期区分は財団が公式に定義したものではなく、本記事における分析上の整理です。
7-2. 今後注目したい3つの観点
Mastercard Foundationの最大の特徴は、豊富な資金を背景に、個人への支援と雇用市場そのものの改革を組み合わせようとしていることです。
一方で、3,000万人の若者を支援するという目標を掲げることと、その支援によって3,000万人の生活が持続的に改善することは、同義ではありません。
今後、特に注目すべきなのは次の3つの観点です。
1. 社会的インパクトの検証
研修や融資の提供実績だけでなく、長期的な収入の安定や就業の質がどこまで改善したかを確認する必要があります。
2. 地域経済の自立性
財団の資金がなくなった後も、現地企業や制度が雇用を生み出し続けられるかが重要です。
3. 支援モデルの再現性
ある地域で成功した取り組みを別の国や地域に展開した場合でも、同等の成果が得られるかを検証する必要があります。
これらを実証できれば、財団の活動は慈善助成の枠を超え、アフリカにおける長期的な経済発展モデルとして重要な意味を持つと考えられます。
8. おわりに
Mastercard Foundationは、2006年のMastercardの株式公開を契機に、企業由来の金融資産を社会的な長期投資へと転換する仕組みとして設立されました。
設立から20年を経て、財団の取り組みは大きく変化しています。
当初の教育・金融包摂を通じた個人への支援から、若者の雇用を生み出す企業、金融市場、教育制度、地域経済の仕組みそのものを変革する方向へと発展してきました。
この変化は、国際開発における一つの重要な論点を示しています。
それは、人々に機会を提供することと、その機会を継続的な経済的自立につなげることは、必ずしも同じではないという点です。
Mastercard Foundationが取り組んでいるのは、まさにその間に存在する構造的な課題です。
2026年現在、財団は新しい経営体制の下で2030年目標の実現を目指しています。
今後は、支援規模の大きさだけではなく、雇用の質、女性の経済参加、地域経済の持続可能性、そして支援成果の客観的な検証が重要になります。
Mastercard Foundationの取り組みは、民間財団がどこまで長期的な社会経済システムの変革に関与できるのかを考える上で、注目すべき事例です。
参考文献
[1] Mastercard Foundation, “Foundation History,” Mastercard Foundation. https://mastercardfdn.org/en/about-us/foundation-history/
[2] Mastercard Foundation, “The Young Africa Works Strategy,” Mastercard Foundation. https://mastercardfdn.org/en/the-young-africa-works-strategy/
[3] Mastercard Foundation, “Our Financials,” Mastercard Foundation. https://mastercardfdn.org/en/our-financials/
[4] Inside Philanthropy, Mastercard Foundationの2025年財務状況・助成活動に関する報道, 2026年9月. https://www.insidephilanthropy.com/
[5] Mastercard Foundation, “Reflections on Seven Years of Implementation and Learning,” Mastercard Foundation, 2026. https://lessonslearned.mastercardfdn.org/en/impact-report
[6] Mastercard Incorporated, Mastercard Foundationの資産分散および株式保有に関する公表資料, 2023. https://www.mastercard.com/
[7] Mastercard Foundation, “Program Development Guide,” Mastercard Foundation. https://mastercardfdn.org/en/program-development-guide/
[8] Mastercard Foundation, Mastercard Foundation Asset Management(MFAM)の設立・運営に関する公表情報, 2024. https://mastercardfdn.org/
[9] Mastercard Foundation, Reeta RoyからSewit AhderomへのCEO交代に関する公表情報, 2025. https://mastercardfdn.org/
[10] Mastercard Foundation, 2024年のForm 990および財務関連情報, 2024. https://mastercardfdn.org/en/our-financials/
[11] OECD, “Development Co-operation Profiles: Mastercard Foundation,” OECD, 2025. https://www.oecd.org/en/publications/development-co-operation-profiles_04b376d7-en/mastercard-foundation_7a272340-en.html
[12] Mastercard Foundation, カナダ先住民コミュニティ向けEleV戦略に関する公式情報. https://mastercardfdn.org/