対象読者
- 次世代シーケンシング(NGS)やゲノム科学について、ある程度の技術的知識を持つ研究者・科学者の方。
- Illumina以外のシーケンシング技術や、MGI Tech、Complete Genomics、BGIなどの企業に関心がある方。
- ゲノム解析産業の技術革新、知的財産、企業戦略、資本構造、国際競争について理解を深めたい方。
要約
- MGI Tech(華大智造)は、大規模ゲノム解析サービスを展開してきたBGIが、2013年に米国Complete Genomicsを買収して獲得した技術を基盤に、2016年に設立されたシーケンシング装置メーカーです。
- DNA nanoballを利用するDNBSEQ技術を中心に、低スループットから超高スループットまでの製品群を構築し、ラボオートメーションや臨床・公衆衛生分野へ事業領域を広げてきました。
- 2022年にはIlluminaとの大規模な特許紛争を和解に導き、上海証券取引所の科創板に上場しました。一方、2023年以降は収益性の悪化や国際展開に伴う課題に直面しています。
- 2026年には長鎖リードのCycloneSEQや空間オミクスのSTOmics関連事業を取り込み、短鎖リード中心の企業から総合マルチオミクス機器企業への転換を進めています。
- MGIの歴史は、技術獲得、装置開発、知財戦略、資本調達、地政学的リスクが複雑に絡み合う、現代のゲノム解析産業を象徴する事例といえます。
1. はじめに:MGI Techはどのような企業なのか
MGI Tech(深圳华大智造科技股份有限公司、上海証券取引所:688114)は、中国・深圳を拠点とする生命科学機器メーカーです。
その歴史は、単純な「中国の新興シーケンサーメーカーの成長史」ではありません。
むしろ、世界最大級のゲノム解析サービス事業者として成長したBGIが、シーケンシング技術を内製化するために米国の技術企業を買収し、独立した装置メーカーを構築して、世界市場へ挑戦してきた歴史です。
この発展過程を理解するには、次の5つの転換が重要です。
1-1. ユーザーからメーカーへ(2013〜2016年)
BGIは米国Complete Genomicsを買収し、外部メーカーの装置を大量使用する側から、シーケンシング装置そのものを開発・製造する側へ転換しました。
1-2. 技術の製品化と多機種展開(2016〜2021年)
DNA nanoball(DNB)を中核とする独自技術を、研究用・臨床用の異なるスループットのシーケンサーへと展開しました。
さらに、ライブラリー調製、検体処理、ラボオートメーションにも事業を広げました。
1-3. Illuminaとの知財紛争と米国市場参入(2019〜2023年)
世界最大手Illuminaとの特許訴訟が商業展開を制約しましたが、2022年の包括和解によって米国での販売に道筋がつきました。[4]
1-4. 上場による資本的独立と事業拡大(2022〜2025年)
2022年に上海の科創板へ上場し、世界市場への販路拡大を進めました。
しかし、研究開発や販売網への投資負担が大きく、収益性の問題が顕在化しました。[5]
1-5. 総合マルチオミクス機器企業への転換(2025〜2026年)
短鎖リードのDNBSEQだけでなく、長鎖リード、空間オミクス、AIを活用したラボ自動化へと事業領域を拡大しています。
2026年には、BGI系企業からナノポアシーケンシング技術や空間オミクス関連事業を取り込む再編も実施しています。[7]
特に重要なのは、MGIの競争力の源泉が、単なるシーケンサーの低価格化ではないことです。
Complete Genomicsが長年蓄積した技術、BGIが保有する大規模ゲノム解析の運用経験、そして機器・試薬・自動化の垂直統合が、その事業の基盤となっています。
一方、科学技術上の競争力と、企業としての財務的な成功は分けて評価する必要があります。
MGIは世界的な装置メーカーに成長しましたが、2023〜2025年には3年連続の最終赤字を計上しました。
また、知財問題がある程度解決した後も、米中関係、人権・ゲノムデータ利用をめぐる懸念、顧客の調達リスクといった問題に直面しています。
2. 創業以前:なぜBGIは自社製シーケンサーを必要としたのか(1999〜2013年)
2-1. BGIの出発点はシーケンサーの「大量ユーザー」
MGIの起源を理解するためには、まず親企業であるBGI Group(華大集団)の歴史を押さえる必要があります。
BGIは1999年、Human Genome Projectへの中国側の参加を背景に設立されました。
中心人物の一人が、後にMGIの会長となるWang Jian(汪建)です。
2000年代後半から2010年代前半にかけて、BGIはIlluminaをはじめとする外部メーカーのNGS装置を大量導入し、ゲノム解析の受託サービスを急速に拡大しました。
このビジネスモデルには、大きな強みがありました。
多数のシーケンサーを高稼働率で運用することによって規模の経済を働かせ、シーケンスデータを低コストで生産できたからです。
しかし、同時に構造的な問題も抱えていました。
- 装置本体、フローセル、試薬の調達を外部メーカーに依存していました。
- ランニングコストの大部分を規定するシーケンシングchemistryを自社で制御できませんでした。
- スループットの向上、新しいリード長や反応系への移行が、サプライヤーの製品ロードマップに依存していました。
- 装置・試薬メーカーが持つ利益を、解析サービス事業者側が取り込めませんでした。
つまり、BGIは大規模なシーケンシング需要を自ら創出する一方、その需要を支える中核技術を外部に依存していたのです。
この依存構造からの脱却が、MGI設立の最も重要な事業的背景だったと考えられます。
BGIが当時からゲノム解析受託だけでなく、臨床検査、農業、バイオインフォマティクスなどに事業を展開しようとしていたことも、同社の成長戦略を理解するうえで重要です。
2-2. 2013年:Complete Genomics買収という決定的な転機
Complete Genomicsは、2006年に米国シリコンバレーで設立されたシーケンシング技術企業です。
DNA nanoballを利用した高精度・大規模ゲノム解析技術を開発し、当初は主に全ゲノム解析サービスを提供していました。
2013年3月18日、BGIはComplete Genomicsの買収を完了しました。[1]
買収の主な条件は、次の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 買収企業 | BGI-Shenzhen |
| 買収対象 | Complete Genomics(当時NASDAQ上場) |
| 買収完了日 | 2013年3月18日 |
| 取得価格 | 1株3.15米ドル、全額現金 |
| 取引規模 | 約1億1,760万米ドル |
| 買収後の方針 | 米国子会社として事業を継続 |
買収完了時の米国SEC掲載資料によれば、Complete GenomicsのCEOであったClifford Reidは、買収後もCEOとして留任する方針でした。[1]
2-3. なぜComplete Genomicsだったのか
この買収には、少なくとも3つの意味があったと考えられます。
第一に、Illuminaとは異なる技術アーキテクチャを獲得できたことです。
Complete Genomicsは、DNA nanoballと高密度アレイを利用する独自のシーケンシング技術を保有していました。
BGIは既存のIllumina装置を単に模倣するのではなく、別の技術基盤を獲得できました。
第二に、装置メーカーへの転換に必要な知的財産と人材を得られたことです。
NGS装置を量産するには、試薬化学、表面科学、光学、流体制御、画像処理、base calling、製造品質管理などを統合する必要があります。
Complete Genomicsの買収は、この技術群へのアクセスをもたらしました。
第三に、米国の技術・研究開発基盤を維持できたことです。
買収後もComplete Genomicsを米国事業として維持することで、中国側の大規模研究開発・製造能力と、米国側の先端シーケンシング技術を組み合わせる体制が成立しました。
ただし、買収後のすべての技術や製品開発が、米国側から一方的に移転されたわけではありません。
実際の装置製品化には、BGI側のエンジニアリング、製造、運用ノウハウも大きく貢献したとみるべきです。
3. 技術的な核心:DNBSEQは何を変えたのか
MGIの成長史は、DNBSEQという技術基盤の理解なしには説明できません。
3-1. DNBSEQの基本的な仕組み
MGIの短鎖リードプラットフォームの中核には、次の5つの要素があります。
-
環状DNAライブラリーの形成
アダプターを付加したDNA断片を環状化します。 -
Rolling-circle amplification(RCA)
環状テンプレートから多数の連結コピーを生成し、DNA nanoballを形成します。 -
高密度アレイへの配置
DNBをpatterned array上に配置します。 -
cPASなどのsequencing chemistry
塩基情報をサイクルごとに取得します。 -
画像解析とbase calling
光学信号などから配列情報を復元します。
この基本的なワークフローは、以下のように表現できます。
DNA断片の調製・アダプター付加
↓
環状DNAライブラリーの形成
↓
Rolling-circle amplification
↓
DNA nanoballの形成
↓
Patterned arrayへの高密度配置
↓
Sequencing chemistryによる塩基情報の取得
↓
画像解析・base calling
この模式的な流れは原理の理解を目的としたものであり、製品ごとの反応工程や検出方式を厳密に再現したものではありません。
3-2. Illuminaの方式との違い
重要なのは、Illuminaのbridge amplificationと異なり、DNBの増幅を主として溶液中で行い、その後にフローセルへ配置するというアーキテクチャ上の違いです。
この方式には、以下のような技術的特徴があります。
- フローセル上での増幅反応への依存を低減できます。
- 均一なDNA cluster形成に適しています。
- 高密度化への適性があります。
一方で、ライブラリーの環状化工程やDNB調製に固有の課題もあります。
また、DNBSEQという名称は、単一の反応化学を指すものではありません。
実際には、DNB調製、アレイ、検出技術、複数のシーケンシングchemistryを含むプラットフォーム群です。
Complete Genomicsの初期技術と、現在のMGI製品で使われるchemistryは同一ではなく、商業化の過程で改良・派生しています。
DNBSEQの原理と技術的位置づけについては、短鎖リードシーケンシング技術を扱ったレビューも参考になります。[3]
3-3. 技術アーキテクチャが経営戦略に与えた影響
DNBSEQは、MGIに次の3つの競争手段を与えました。
第一に、独自の技術スタックに基づいて、競合とは異なる価格・スループット設計を行えることです。
第二に、低・中・高スループットの製品群を共通技術から展開できることです。
第三に、装置だけでなく、専用試薬・フローセルという継続的な消耗品収益を構築できることです。
つまりDNBSEQは、単なる配列決定技術ではなく、MGIの事業モデルそのものの基盤となりました。
4. MGI設立後の製品・事業の変遷(2016〜2026年)
MGIは2016年に正式設立されました。
ただし、製品と技術の起源はそれ以前にあり、BGIおよびComplete Genomicsで開発されていた技術の事業化を引き継いだという性格が強い企業です。
4-1. 主な製品展開の年表
| 時期 | 製品・出来事 | 戦略的意味 |
|---|---|---|
| 2015年 | BGISEQ-500、Revolocity | BGIグループによる装置製品化の初期段階 |
| 2016年 | MGI設立、BGISEQ-50 | シーケンサー事業の企業化 |
| 2017年 | MGISEQ-200 / 2000、MGISP-100 | 中・高スループットとラボ自動化を展開 |
| 2018〜2019年 | DNBSEQ-T7など | 大規模シーケンス市場への展開 |
| 2020年 | 核酸抽出・検体処理の自動化拡充 | COVID-19を契機に臨床・公衆衛生への応用拡大 |
| 2021〜2022年 | Gシリーズ、Eシリーズ、試薬chemistryの拡充 | 多様な処理規模・用途に対応 |
| 2023年 | DNBSEQ-T20×2、G99 | 超大規模WGSと小規模迅速解析の両極を強化 |
| 2024年 | CycloneSEQ系ナノポア装置、G400-ERなど | 長鎖リードへの本格展開 |
| 2025年 | 新世代シーケンサー、AI関連技術 | 高速化とラボのインテリジェント化 |
| 2026年 | 長鎖リード・空間オミクス・AIラボ・組織解析を強化 | 総合マルチオミクス機器企業への展開 |
MGIの製品構成や企業戦略については、公式の企業概要でも確認できます。[2]
4-2. 各時期を代表するシーケンシング装置
MGISEQ-2000 / DNBSEQ-G400:中・高スループット
汎用的な研究用シーケンシングを担うプラットフォームです。
WGS、WES、RNA-seq、metagenomicsなどに対応し、MGIがグローバル市場で顧客を広げる際の重要製品となりました。
DNBSEQ-T7:高スループット
大規模ゲノム解析や多数検体の処理に適した製品です。
BGI系の大規模解析需要と整合性が高いプラットフォームといえます。
DNBSEQ-T20×2:超高スループット
2023年に発表された超高スループットシーケンサーです。
メーカー公称で1ラン最大72 Tb(PE150)のデータを生成でき、大量の全ゲノム解析に特化した製品です。
CycloneSEQ G400-ER:長鎖リード・ナノポア
DNBSEQとは異なる技術基盤を採用した装置です。
構造変異(SV)解析、ゲノムアセンブリー、長鎖RNA解析などへの展開を目指しています。
4-3. 2016〜2019年:製品を揃えてIlluminaの対抗軸を形成
この時期の重要な変化は、MGIが「自社技術を使えるようになった」という段階から、「顧客が処理規模に合わせて装置を選べる」という段階に進んだことです。
NGS市場では、シーケンシングコストだけでなく、装置価格、検体数、必要なリード数、run time、試薬キットの選択肢、保守能力などが導入判断を左右します。
MGIは複数の装置を展開することで、低スループットから大規模ゲノムセンターまで顧客層を広げました。
さらに、MGISPシリーズなどの自動化機器を揃えたことで、単一のシーケンサー販売ではなく、ライブラリー調製から解析までのワークフローを提案できるようになりました。
4-4. 2020〜2021年:COVID-19による自動化事業の拡大
COVID-19パンデミックは、MGIの事業に重要な影響を与えました。
大量のPCR検査や核酸検査を実施するには、核酸抽出、検体分注、試薬調製などの自動化が必要です。
MGIは核酸抽出装置、検体移送装置、関連する消耗品などのポートフォリオを拡充しました。
この時期には、大規模な感染症検査体制の構築に対応する製品群が、公衆衛生用途で採用されました。
これは、MGIが「シーケンサー企業」から「生命科学ラボの設備企業」へと事業領域を拡げる契機となっています。
ただし、パンデミック期の需要は必ずしも恒常的ではありませんでした。
後の収益性を検討する際には、COVID-19関連の一時的な需要と、持続的なシーケンシング需要を区別する必要があります。
4-5. 2023年:T20×2と「100ドルゲノム」
2023年2月、MGIはDNBSEQ-T20×2を発表しました。
メーカー発表によれば、PE150で最大72 Tb/ランを達成でき、全ゲノム解析1人当たりのシーケンシング費用を100米ドル未満に抑えることを目標とした、超高スループット装置です。
この製品は、MGIの経営戦略を象徴しています。
従来の「数百〜数千サンプルのゲノム研究」を越えて、人口規模のWGS、国家ゲノムプロジェクト、大規模医療コホートの解析に向けたインフラ装置としての地位を確立しようとするものです。
ただし、「100ドルゲノム」については注意が必要です。
これは一般に、特定条件でのシーケンシングにかかるコスト指標です。
検体回収、DNA抽出、ライブラリー調製、QC、データ保管、解析、臨床解釈、装置償却をすべて含むend-to-endの臨床WGSコストが、無条件に100ドル未満になることを意味しません。
また、大規模装置は最大スループットに近い稼働率を達成しなければ、メーカー公称の塩基当たりコストを実現しにくいという経済的制約もあります。
4-6. 2024〜2026年:短鎖リードから「SEQ ALL」へ
近年のMGIが進める最も大きな製品戦略の転換は、DNBSEQの高性能化だけでなく、複数のシーケンシング原理を保有する企業になることです。
その中心にあるのが、CycloneSEQというナノポアシーケンシング技術です。
長鎖リードは、短鎖リードでは困難な構造変異、反復領域、ハプロタイプphasing、ゲノムアセンブリー、RNA isoformなどに特に有用です。
MGIは、短鎖リードをDNBSEQ、長鎖リードをCycloneSEQでカバーする「SEQ ALL」という製品コンセプトを打ち出しています。
2026年の製品カタログでは、SEQ ALLに加え、Generative Lab Intelligence(GLI)とMulti-Omicsを主要3領域として示しています。[2]
ここで経営上重要なのは、長鎖リードが単にシーケンサーを1台追加する話ではないことです。
長鎖リードでは、試料品質、分子長を維持する抽出法、base calling、データ解析など、短鎖リードとは異なるワークフローが必要です。
したがって、MGIは既存の装置・試薬メーカーとしての強みを利用しつつ、異なる技術体系を新たに製品化しなければなりません。
さらに、2026年には空間オミクス、組織画像解析、マルチプレックス蛍光イメージング、AIを組み込んだラボオートメーションにも取り組んでいます。
これは、ゲノム解析装置を単独で販売するのではなく、試料から複数種類の分子情報を取得し、統合解析するための実験設備を提供する企業への移行と解釈できます。
5. 資本的変遷:BGIの技術子会社から上場企業へ
MGIの資本的な変遷には、3つの重要な段階があります。
5-1. 第1段階:BGIによる技術取得と事業の切り出し
MGIは2016年の設立以降、BGIの中にあった装置開発・製造事業を担う法人として成長しました。
BGIグループの事業構成を概念的に整理すると、次のようになります。
| 企業・事業 | 主な役割 |
|---|---|
| BGI Group | 汪建を中心とする企業グループ |
| BGI Genomics等 | ゲノム解析サービス、検査、医療応用 |
| MGI Tech | 装置、試薬、シーケンシング技術、ラボ自動化 |
| Complete Genomics | 2013年にBGIが買収し、後にMGI傘下の重要な米国技術拠点となった企業 |
この整理は事業構造を簡略化したものであり、BGI GenomicsとMGI Techが相互に親子会社であるという意味ではありません。
また、各社の正確な直接・間接持分は時点ごとに異なります。
BGIグループ側から見れば、解析・検査サービスと、装置・試薬の製造を分離することには合理性があります。
製造業とサービス業では、必要資本、研究開発の投資期間、利益率、顧客、競合関係が異なるからです。
また、MGIが独立した装置メーカーとして成長するには、BGIの競合となる解析サービス事業者にもシーケンサーを販売できることが重要です。
そのため、BGIとの関係を維持しながらも、顧客基盤をグループ外に拡げることが必須でした。
5-2. 第2段階:2022年のIPO
2022年9月9日、MGIは上海証券取引所の科創板(STAR Market)に上場しました。
主な条件は以下の通りです。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 上場日 | 2022年9月9日 |
| 公開価格 | 87.18元/株 |
| 新規発行株式数 | 4,132万株 |
| 新規発行割合 | 約10% |
| 調達総額 | 約36.0億元 |
| 当時の米ドル換算 | 約5億米ドル |
| 調達純額 | 約32.85億元 |
このIPOは、単に資金を調達したという以上の意味があります。
MGIは、製造能力、海外販路、保守網、研究開発、人材採用に継続的な投資が必要な企業です。
科創板への上場によって、BGIグループ内の資金配分だけに依存せず、資本市場から資金を得る道を確立しました。
しかし、上場はBGIからの完全な資本的独立を意味しません。
5-3. 第3段階:2026年時点でもBGI系の支配構造を維持
2026年9月末時点で、MGIの最大株主である深圳華大科技控股集団有限公司は約1億5,300万株、36.73%を保有しています。
2025年の年次報告書では、汪建が実質支配者(实际控制人)と明記されています。[5]
したがって、MGIは独立上場企業である一方、経営支配の面では引き続きBGI系企業グループと結びついています。
5-4. 2026年の重要な資本再編
2026年3月、MGIはグループ内の関連企業から、次の2事業を取り込みました。[7]
| 取得事業 | 中核技術 | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| STOmics関連 | Stereo-seqなどの空間オミクス | 高解像度の空間トランスクリプトミクスを製品群に統合 |
| CycloneSEQ関連 | ナノポアシーケンシング | 長鎖リード技術の開発・事業主体を取り込む |
この取引は、2026年3月10日に株式譲渡を完了しています。
会計上は同一支配下の企業結合に該当し、比較期間の財務数値が遡及修正されました。[6]
この再編は非常に重要です。
それまでもMGIの製品群には空間オミクスやナノポア技術が含まれていましたが、BGIグループ内に分散していた関連事業を上場企業に取り込んだことで、技術開発・製品化・販売の一体化が進みました。
したがって、2026年を境に、MGIの事業ポートフォリオを従来のDNBSEQ主体のものと同一視することは難しくなっています。
6. 人的変遷:経営、科学技術、グローバル化を担った人物
MGIの発展には、性格の異なる3つの人材系統があります。
6-1. Wang Jian(汪建):創業・資本・事業開発
Wang Jian(汪建)は、BGIの発展を主導してきた人物であり、MGIの会長・実質支配者です。
大規模ゲノム科学から医療応用、装置開発までを一体的な事業体系として成長させてきました。
MGIの資本支配、BGIとの事業的関係を理解する上で中心となる人物です。
6-2. Radoje(Rade)Drmanac:コア技術を担う科学者
Radoje(Rade)Drmanacは、Complete Genomics共同創業者の一人で、MGIのChief Scientific Officerとしても紹介されている科学者です。
DNA nanoballや高密度シーケンシングの研究開発史を理解するうえで重要な人物です。
2013年の買収後も、技術的知見がMGIグループ内に残ったことを象徴しています。
Drmanacの存在は、MGIが単に外国企業の特許を買い、その技術を中国で量産した企業ではないことを示しています。
MGIの技術は、米国のシーケンシング研究者と中国の装置エンジニアリング組織の継続的な協働を通じて発展してきました。
6-3. Mu Feng(牟峰):設立からIPOまでを担った経営者
Mu Feng(牟峰)は、2016年4月から2026年4月までMGIの総経理(実質的なCEOに相当)を務めました。
遺伝学の博士号を持ち、長くBGI系の事業経営に従事した人物です。
MGIの設立、装置ポートフォリオの拡大、IPO、海外展開を通じて経営を担った中心的人物と位置づけられます。
6-4. Liu Jian(劉健):装置開発と海外事業の経験を持つ新経営者
Liu Jian(劉健)は、2026年4月に新たな総経理に就任しました。
華中科技大学で機械電子工学の修士号を取得し、Mindray、Leica Microsystems、BGIの装置開発部門を経てMGIに入りました。
2018年から執行副総裁、2023年から米州事業責任者を務めた経験があります。
2026年4月の交代により、牟峰は副会長へ移り、劉健が総経理となりました。
会社側が公表した理由は「業務上の配置変更」です。
この交代は、経営の重点が変わりつつある可能性を示すものとして注目できます。
牟峰はBGIのゲノム研究・事業運営に長く関わってきた人物です。
一方、劉健のキャリアは、装置の機械電子工学・製品開発・海外販売に重点があります。
そのため、科学主導の技術事業立ち上げから、製品プラットフォームの商業化、世界市場への展開、収益改善に重心を移す局面と整合的です。
ただし、この人事の背景が実際にそうした戦略的意図によるものかは、公表情報だけでは確定できません。
6-5. 研究開発組織の特徴
2022年末時点のMGI公表資料では、従業員は2,800人超、うち約36%が研究開発人材とされています。
この構成は、販売代理店型の事業ではなく、ハードウェア、試薬、ソフトウェア、製造プロセスを自ら開発する技術集約型の企業であることを反映しています。
一方で、この種の組織は固定費が大きく、研究開発投資の成果が売上に結びつくまでの期間が長いという経営上の難しさを伴います。
7. 財務的変遷:急成長の後、なぜ赤字が続いたのか
MGIの歴史において、科学技術上の成功と財務上の成功には明確なずれがあります。
7-1. 売上高の推移
MGIの年間売上高を整理すると、以下のようになります。
| 年度 | 売上高(億元・人民元) |
|---|---|
| 2020年 | 27.80 |
| 2021年 | 39.29 |
| 2022年 | 42.31 |
| 2023年 | 29.11 |
| 2024年 | 30.13 |
| 2025年 | 27.80 |
| 2026年1〜9月 | 21.50 |
2020〜2025年は各年度の開示値です。
2026年は第3四半期報告の累計値であり、通年の売上高とは比較できません。また、同一支配下の企業結合に伴う遡及修正後の数値を含みます。[5][6]
2020〜2022年の成長は大きく、売上高は約27.8億元から42.3億元に増加しました。
しかし、2023年以降は30億元前後に低下しています。
その理由を単一の要因で説明することはできませんが、以下の構造を考える必要があります。
第一に、COVID-19に関連する検査・自動化需要の変化です。
パンデミック期に拡大した需要は、その後も同じ規模で継続するとは限りません。
第二に、海外市場への展開には時間がかかることです。
シーケンサーは装置を納入すれば終わりではありません。
研究用アッセイの検証、データ品質の確認、試薬供給、保守網の構築などが必要です。
第三に、新製品や新技術への投資が先行していたことです。
長鎖リード、空間オミクス、自動化などへの展開は、製品ラインアップを広げる一方、収益化まで時間がかかります。
7-2. 純利益と営業キャッシュフローの推移
売上高だけでなく、純利益と営業キャッシュフローを確認することも重要です。
以下の純利益は、親会社株主帰属純利益です。
| 年度 | 売上高(億元) | 純利益(億元) | 営業CF(億元) |
|---|---|---|---|
| 2020年 | 27.80 | +2.61 | +0.05 |
| 2021年 | 39.29 | +4.84 | +10.73 |
| 2022年 | 42.31 | +20.26 | +14.21 |
| 2023年 | 29.11 | -6.07 | -8.70 |
| 2024年 | 30.13 | -6.01 | -7.74 |
| 2025年 | 27.80 | -2.22 | +2.19 |
| 2026年1〜9月 | 21.50 | -1.87 | +4.50 |
2026年は未監査の四半期累計です。
また、2022年の利益には大きな非経常的利益が含まれ、2026年は企業結合後の遡及調整を含むため、単純比較には注意が必要です。[5][6]
2022年の純利益20.26億元は、一見すると極めて良好に見えます。
しかし、同年の非経常的損益を除いた親会社株主帰属純利益は約2.64億元です。
したがって、2022年の最終利益をMGIの恒常的な収益力として扱うのは適切ではありません。
2023年と2024年は約6億元の赤字が続き、営業キャッシュフローもマイナスとなりました。
2025年には損失が縮小し、営業キャッシュフローはプラスに転換しました。
2026年1〜9月にも営業キャッシュフローの改善が続いています。
この変化から確認できるのは、2023〜2024年の収益・キャッシュ創出力の悪化から、2025〜2026年には改善傾向が見られるものの、最終黒字の持続的な回復はまだ確認できないということです。
7-3. 2026年の経営状況
2026年10月24日に公表された第3四半期報告によれば、2026年1〜9月の主な指標は次の通りです。[6]
| 指標 | 2026年1〜9月 |
|---|---|
| 累計売上高 | 21.50億元 |
| 売上高の前年同期比 | +11.98% |
| 親会社株主帰属純利益 | -1.87億元 |
| 営業キャッシュフロー | +4.50億元 |
| 研究開発投資/売上高 | 19.18% |
| 前年同期の研究開発投資/売上高(修正後) | 28.37% |
事業運営上の重要な変化は、売上成長だけでなく、費用管理と営業キャッシュフロー改善にあります。
ただし、研究開発費比率の低下が単純に効率向上を意味するか、それとも将来の研究開発能力に影響するかは、研究開発テーマ、製品化進捗、人員配置、資本化された研究開発費などをさらに分析する必要があります。
8. MGIが直面してきた主な課題と、その対応
MGIの歴史で最も特徴的なのは、技術的な挑戦に加えて、知的財産、国際政治、サプライチェーン、資本効率という複数の問題に直面してきたことです。
8-1. 課題①:Illuminaの知財と市場支配力
2019年以降、MGI・Complete GenomicsとIlluminaは、米国を中心に複数の特許訴訟を争いました。
これはMGIの国際展開における最大の障壁の一つでした。
NGSは多数の特許に支えられた技術体系です。
装置全体として異なる方式を採用していても、塩基検出、標識、画像処理、ライブラリー調製などの特定要素が他社の特許に抵触する可能性があります。
MGI側は独自特許を保有しており、Illuminaに対しても特許侵害を主張しました。
2022年5月には、米国デラウェア州の陪審が、IlluminaによるComplete Genomicsの特許侵害を認定し、約3億3,400万ドルの損害賠償を認めました。
その後、2022年7月14日に両者は包括和解に達しました。[4]
主な内容は、以下の通りです。
- IlluminaからComplete Genomics側への正味3億2,500万ドルの支払い。
- 関連する特許侵害訴訟や反トラスト法上の請求の解決。
- Illuminaに対する特定の2色シーケンシング関連特許のライセンス。
- MGIによる米国市場でのCoolMPS製品販売を2022年8月から、StandardMPS関連製品販売を2023年1月から可能とする枠組み。
- 既存プラットフォームをめぐる一定範囲の3年間の相互不提訴期間。
MGIはこの段階で、独自特許を交渉材料として使い、米国市場への参入制約を緩和することに成功しました。
ただし、これは「MGIがIlluminaとの知財紛争で全面勝利した」という意味ではありません。
双方が異なる特許について主張を行い、和解によって訴訟リスクを整理したものです。
また、2022年の和解は、将来の製品やすべての地域での特許侵害リスクを消滅させたわけではありません。
8-2. 課題②:長鎖リードへの進出と新たな特許紛争
2026年には、長鎖リード事業において新たな知的財産上の問題が発生しました。
MGIはCycloneSEQを通じてナノポアシーケンシング市場に参入しましたが、同分野にはすでにOxford Nanopore Technologiesが保有する特許ポートフォリオがあります。
2026年9月、欧州統一特許裁判所(UPC)のミュンヘン地方部は、Oxford Nanoporeの申請を受け、MGIのドイツ法人MGI Tech GmbHに対し、CycloneSEQ関連システムとフローセルについて暫定的な差止命令を出しました。
この命令は、特定の欧州諸国での販売、輸入、供給などに影響します。
MGIは異議を表明し、上訴方針を示しています。
ここには、2019〜2022年のIlluminaとの紛争と似た構造があります。
新しい技術市場に参入する場合、独自技術を有していても、既存企業の特許と重なる可能性があります。
MGIが長鎖リード市場で持続的な地位を確立するには、性能や価格だけでなく、主要市場でのFreedom to Operate(FTO)の確保が重要になります。
2026年11月3日時点では、この問題を克服したとは評価できません。
8-3. 課題③:地政学・人権問題と国際的な規制リスク
MGIを調査するうえで、現在はこの問題を避けて通ることができません。
BGIグループは、米国でゲノムデータの取り扱い、人権、国家安全保障などに関する懸念の対象となってきました。
なお、BGI Genomics、BGI Tech Solutions (Hongkong)、MGI Techはそれぞれ別の法人です。
米国の各種規制リストへの掲載状況を混同すべきではありません。
特に重要な最新の動きとして、2026年10月29日付の米国Federal Registerで、MGI Tech、BGI Genomics、BGI GroupがUyghur Forced Labor Prevention Act(UFLPA)のEntity Listに追加されました。[8]
米国政府は、MGIが新疆ウイグル自治区政府による遺伝子検査能力の整備に関与し、その検査が強制労働に関連する政府施策に利用されていると判断する合理的根拠があるとしています。
これは米国政府側の認定であり、個々の主張について確定した司法判断を意味するものではありません。
これに対してMGIは、2026年10月28日付の声明で疑惑を否定し、米国当局に対する異議申し立てや法的救済を検討すると発表しました。
また、米国事業の比重は限定的であり、他地域での事業は通常通り継続していると説明しています。
これは現時点で解決していない問題です。
UFLPAは主に米国への輸入に関する規制ですが、その影響は輸入手続きだけに限られない可能性があります。
大学、病院、企業の調達担当者は、装置の技術性能や価格だけでなく、供給継続性、レピュテーション、研究資金提供機関の条件、共同研究契約などを考慮するためです。
従って、MGIにとって地政学的リスクは外部的な政治問題であると同時に、国際販売戦略の制約でもあります。
8-4. 課題④:装置の販売拡大と継続的な試薬売上の確保
シーケンサー事業の経済性は、装置本体の販売だけでは説明できません。
一般に、収益性を決める主要な要素には次のものがあります。
- 導入装置の累積台数
- 装置1台当たりの稼働率
- 専用試薬・フローセルの継続購入
- 装置・消耗品の粗利益率
- 保守契約とアプリケーションサポートの収益
- 顧客が他社プラットフォームへ移行する可能性
MGIが導入装置を増やすことは重要ですが、それだけで高収益企業になれるわけではありません。
たとえば、大規模シーケンサーを低価格で販売しても、顧客側のサンプル需要が不足すれば、その後の試薬売上は期待ほど増加しません。
同様に、新製品の導入に伴って旧製品の試薬売上が減少すれば、装置ラインアップの拡充が必ずしも利益増加に直結するわけではありません。
MGIは2026年4月時点で、累積5,300台以上の設置実績、3,560以上のユーザーを公表しています。
ただし、これはメーカー公表の累積指標であり、実際に稼働している装置台数、年間消耗品購入額、装置世代別の稼働率とは区別する必要があります。
この意味では、今後のMGIを評価する際、販売台数以上に重要なのは、継続的な消耗品収益とキャッシュ創出力だと考えられます。
9. MGIは、どのような企業へ変化してきたのか
これまでの事業変遷を整理すると、MGIの企業としての性格は段階的に変わっています。
| 段階 | 主な企業像 | 競争力の中心 |
|---|---|---|
| 2013年以前 | 大規模NGSサービス事業者BGIの技術基盤 | 大規模解析の運用ノウハウ |
| 2013〜2016年 | 技術獲得・装置内製化プロジェクト | Complete Genomicsの技術とIP |
| 2016〜2019年 | NGS装置メーカー | DNBSEQの製品化 |
| 2020〜2022年 | NGSとラボ自動化の総合機器企業 | 装置・試薬・自動化の統合 |
| 2023〜2025年 | 世界的なNGSプラットフォーム企業 | スループット・コスト・機種の多様性 |
| 2026年〜 | マルチオミクス・ラボインフラ企業への転換を模索 | 短鎖・長鎖・空間・AIを含む複数技術の統合 |
MGIが2026年に掲げる「SEQ ALL + GLI + Omics」という方針は、この変化を端的に示しています。
ただし、この方針の実現度は技術領域ごとに異なります。
DNBSEQはすでに市場で実績を持つ商業プラットフォームです。
一方、CycloneSEQを中心とした長鎖リード事業では知財問題と市場への定着が課題です。
空間オミクスやAIラボについても、研究開発の成果と安定した事業収益を区別して評価する必要があります。
9-1. MGIの技術的な競争力はどこにあるのか
MGIの技術的な強みは、単一の装置の性能だけでは説明できません。
Complete Genomicsから引き継いだ独自技術を基盤に、製品開発、試薬化学、製造、ワークフロー自動化を組み合わせてきたことが重要です。
一方で、技術的に優れたシーケンサーを開発できることと、収益性の高い装置メーカーとして成長できることは、必ずしも同じではありません。
装置の価格競争力だけでなく、試薬・フローセルの継続収益、顧客の稼働率、製品世代間の移行、保守・サポート体制、知的財産上の自由度が経営を左右します。
特に、長鎖リードや空間オミクスへの展開が進むほど、MGIは異なる技術体系を並行して維持・開発する必要があります。
これは製品ポートフォリオを強化する一方で、研究開発費や商業化の難しさを増大させる可能性もあります。
10. 総合評価:MGIが実現したことと、残された課題
MGIの約10年間を振り返ると、技術開発と事業拡大の面では重要な成果を上げてきた一方、収益性と国際市場での事業継続性には課題が残っています。
10-1. 実現してきたこと
第一に、BGIは外部メーカーへの強い依存から脱却する技術基盤を獲得しました。
2013年のComplete Genomics買収を通じて、外部のシーケンシング装置メーカーに強く依存する状態から、独自の装置技術を保有する企業グループへ転換しました。
第二に、MGIはその技術を実際の製品へと発展させました。
低スループットから超高スループットまでの製品群を構築し、研究・臨床・公衆衛生の多様な用途への展開を進めました。
特にDNBSEQ-T20×2は、大規模ゲノム解析を産業規模で実施する市場を意識した、同社を象徴する製品です。
第三に、知財を交渉手段として国際市場への参入を進めました。
Complete Genomicsを通じて蓄積した特許を活用し、Illuminaとの知財紛争を2022年に和解へ導き、米国市場への参入に道筋をつけました。
第四に、上場企業としての資金調達基盤を確立しました。
2022年のIPOによって独立上場企業としての資金調達基盤を確立し、2026年には長鎖リードと空間オミクスをグループ内から取り込んでいます。
10-2. 依然として解決していないこと
一方で、事業経営上は重要な課題が残っています。
収益性
2025〜2026年にキャッシュフローは改善しましたが、最終赤字が続いています。
知財リスク
Illuminaとの紛争が一段落した一方、新しいナノポア領域でOxford Nanoporeとの紛争が発生しました。
地政学的リスク
2026年10月のUFLPA Entity List指定は、国際販売に影響する可能性があります。
新規事業の収益化
空間オミクスやAIラボを、研究成果・製品発表から継続的な収益源へ変える必要があります。
既存装置の収益性
累積設置台数の成長を、稼働率と試薬・保守の継続収益につなげる必要があります。
10-3. 今後のMGIを見るうえで重要な5つの指標
MGIの競争力と事業の持続可能性を継続的に評価するなら、以下の5つの指標が重要です。
| 指標 | 確認すべきこと |
|---|---|
| ① 消耗品・試薬売上の成長 | 装置販売の増加が継続収益につながっているか |
| ② 海外売上と地域別構成 | 中国以外でどこまで独立した顧客基盤を獲得しているか |
| ③ 粗利益率と営業CF | 装置の低価格化が利益を圧迫していないか |
| ④ CycloneSEQのFTOと商業化 | 長鎖リード事業が継続可能か |
| ⑤ STOmics・GLIの収益寄与 | 総合マルチオミクス企業への転換が実質的なものか |
とりわけ、MGIが世界的な装置メーカーとして持続的に成長できるかは、単に新製品を投入することだけでは判断できません。
顧客が継続して装置を稼働させ、試薬・フローセルを購入し、次世代の装置へ移行していく事業構造を形成できるかどうかが重要です。
10-4. おわりに
MGIの歴史を一文で表すなら、次のようになります。
「ゲノム解析の大規模ユーザーだったBGIが、米国の先端技術を獲得して装置メーカーを創設し、世界市場への挑戦を通じて、総合ライフサイエンス機器企業へ発展してきた歴史」です。
その歩みは、科学技術の発展だけでなく、知的財産の獲得と活用、企業買収、資本調達、組織運営、国際的な規制環境に大きく左右されてきました。
そして2026年時点で同社が迎えている局面は、技術面での製品領域拡大から、それらを安定した利益に変える経営能力がより強く問われる段階だと考えられます。
今後さらに分析する価値が高いのは、次の2つのテーマです。
一つは、Complete Genomicsの技術が、どのようにBGISEQから現在のDNBSEQへ進化したかという技術史です。
もう一つは、MGIがIlluminaやOxford Nanoporeと比べて、どの分野で持続的な技術的・経済的優位性を持ちうるかという競争戦略上の問題です。
この2つを詳しく分析することによって、MGIの過去の成長だけでなく、今後の競争力まで、より具体的に評価できると考えられます。
参考文献
[1] BGI-Shenzhen, “BGI-Shenzhen Completes Acquisition of Complete Genomics,” 2013. 米国証券取引委員会(SEC)掲載資料.
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1361103/000119312513115266/d505250dex992.htm
[2] MGI Tech, “MGI: Who We Are,” MGI Tech公式企業概要.
https://global-mgitech.com/mgi-who-we-are/
[3] “Short-Read Sequencing Technologies,” Clinical Chemistry, 2025. DOI: 10.1093/clinchem/hvae173.
https://doi.org/10.1093/clinchem/hvae173
[4] MGI Tech, “MGI Statement Regarding Litigation in the United States with Illumina,” MGI Tech公式声明.
https://global-mgitech.com/mgi-statement-regarding-litigation-in-the-united-states-with-illumina/
[5] 深圳华大智造科技股份有限公司, 「2025年年度报告」, 上海証券取引所開示資料, 2026年.
https://vip.stock.finance.sina.com.cn/corp/view/vCB_AllBulletinDetail.php?id=12197458&stockid=688114
[6] 深圳华大智造科技股份有限公司, 「2026年第三季度报告」, 上海証券取引所開示資料, 2026年10月.
https://money.finance.sina.com.cn/corp/view/vCB_AllBulletinDetail.php?id=12657712&stockid=688114
[7] MGI Tech, “MGI Tech Announces Acquisition of STOmics and CycloneSEQ to Deliver Integrated Long-Read, Short-Read, and Spatial Omics Solutions,” 2026.
https://global-mgitech.com/mgi-tech-announces-acquisition-of-stomics-and-cycloneseq-to-deliver-integrated-long-read-short-read-and-spatial-omics-solutions/
[8] U.S. Department of Homeland Security, “Additions to the Uyghur Forced Labor Prevention Act Entity List,” Federal Register, 2026年10月29日.
https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2026-10-29/html/2026-22094.htm