対象読者

  • 機械学習を用いたゲノム解析の技術的な進化に関心がある方
  • 生体内シミュレーションや、DNA配列から遺伝子発現を予測する技術に関心がある方
  • 遺伝子治療、医薬品開発、Synthetic Biology(合成生物学)へのAIの応用可能性を知りたい方

要約

  • MPRAは、DNA配列が持つ転写制御活性を大量に直接測定する技術です。
  • 2025年の論文「Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements」は、68万以上の制御配列候補を測定し、機械学習に利用できる大規模な機能的教師データを構築しました。
  • DeepSEAやEnformerがDNA配列からの予測能力を発展させたのに対し、MPRAは実験的な正解データの質と量を改善する役割を果たしています。
  • 現在はBorzoiやAlphaGenomeなどの長距離配列モデルと、MPRAに基づく機能予測モデルという2つの方向が発展しています。
  • これらの技術は、遺伝子発現の予測から、細胞種特異的な制御配列の設計へと応用範囲を広げつつあります。

1. はじめに:ゲノム機械学習におけるMPRAの位置づけ

機械学習を用いたゲノム解析は、DNA配列から転写因子の結合やクロマチン状態を予測する段階を経て、遺伝子発現そのものの予測、さらには望ましい機能を持つDNA配列の設計へと進化しています。

この流れの中で重要な研究の一つが、Agarwal、Inoueらによる2025年のNature論文「Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements」です[1]。

この論文は、新しいAIアーキテクチャを発明した研究というよりも、ゲノムの制御配列について、機械学習が学習できる規模の「機能的な教師データ」を実験的に作り出した研究として位置づけられます。

研究では、3種類のヒト細胞において68万以上のcis-regulatory element(cCRE、シス制御配列)候補をlentiMPRAによって直接測定し、そのデータを用いてDNA配列から制御活性や変異効果を予測するモデルを構築しています。

この研究の意義を理解するには、ゲノム機械学習がどのように進化してきたかを振り返る必要があります。

2. ゲノム機械学習の進化:モチーフ探索から深層学習へ

2.1 第1段階:モチーフを探す時代

2000年代から2010年代前半までは、転写因子がどのような短いDNA配列に結合するのかを調べる解析が中心でした。

代表的な手法として、以下があります。

  • PWM(Position Weight Matrix)
  • Motif解析
  • k-mer解析

これらの方法では、DNA配列と転写制御の関係を、人間がある程度特徴量として定義し、モデルに与えていました。

つまり、機械学習の前に、どのような配列パターンが重要なのかを人間が考える必要がありました。

2.2 第2段階:CNNが配列から特徴を自動学習する時代

2015年前後には、DeepBind、DeepSEA、続いてBassetなどの深層学習モデルが登場しました[2][3][4]。

DeepBindは、DNAやRNAに結合するタンパク質の配列特異性をCNN(Convolutional Neural Network、畳み込みニューラルネットワーク)によって学習します。

DeepSEAは、DNA配列から以下のような特徴を予測します。

  • TF binding(転写因子結合)
  • DNase sensitivity(DNase感受性)
  • Histone marks(ヒストン修飾)

さらに、1塩基変異がこれらの特徴に与える影響まで評価できるようになりました。

Bassetも、多数の細胞種のDNase-seqデータを利用して、DNA配列からchromatin accessibility(クロマチンアクセシビリティ)を予測するモデルです。

この時代の大きな進歩は、次の関係をend-to-endで学習できるようになったことです。

DNA sequence → Regulatory phenotype

つまり、人間が特徴量を詳細に設計しなくても、DNA配列から転写制御に関係する特徴を自動的に学習できるようになりました。

2.3 従来の深層学習が抱えていた問題

ただし、この世代のモデルには根本的な問題がありました。

学習対象の多くが、以下のような観察的なbiochemical phenotype(生化学的な特徴)だったことです。

  • ChIP-seq
  • DNase-seq
  • ATAC-seq
  • Histone modification

これらは非常に強力な測定技術ですが、基本的には観察的・記述的な情報を提供します。

例えば、あるDNA配列が存在する場所でクロマチンが開いていることは分かります。

しかし、その配列自体が転写を何倍に増加させる能力を持っているのかは、必ずしも分かりません。

つまり、

「この配列がある場所では転写が活発そうです」

という情報と、

「この配列そのものが転写を促進する能力を持っています」

という情報は異なります。

この違いが、MPRAの重要性につながります。

3. MPRAとは何か:転写制御配列の機能を直接測定する技術

MPRA(Massively Parallel Reporter Assay)は、数千から数十万のDNA配列を実際に細胞へ導入し、それぞれの配列が転写をどれだけ駆動するかを定量する実験技術です[5]。

3.1 MPRAの基本的な仕組み

典型的なMPRAでは、以下のような手順で測定します。

DNA element

↓

Minimal promoter + Reporter

↓

Barcode RNA量 / Barcode DNA量

↓

Regulatory activity

ここで重要なのは、DNA配列の存在やクロマチンの状態だけを調べるのではなく、その配列が実際に引き起こした転写活性を測定する点です。

lentiMPRAでは、レンチウイルスを使って配列をゲノムに組み込みます。

そのため、細胞内で染色体外に存在するepisomal MPRAと比較して、ゲノム内に存在する状態に近い条件で測定できます[5]。

3.2 機械学習における教師データの違い

従来のゲノム機械学習とMPRAでは、学習できる情報が異なります。

比較項目 従来の観察データを用いる手法 MPRA
主な測定対象 クロマチン状態、転写因子結合、ヒストン修飾など DNA配列が駆動する転写活性
代表的な技術 ATAC-seq、ChIP-seq、DNase-seq MPRA、lentiMPRA
得られる情報 制御活性と関連する生化学的特徴 実験条件下における配列の機能的な活性
機械学習での利用 制御機能の間接的な予測 転写活性の直接的な教師データ
主な制約 観察された特徴が機能そのものとは限らない 元のゲノム位置の文脈を完全には再現しない

従来の解析は、概念的には次のようになります。

DNA sequence → ATAC / ChIP / Histone mark → おそらくEnhancer

一方、MPRAを用いると次の関係を直接測定できます。

DNA sequence → Measured transcriptional activity

これは機械学習の観点から、教師データの質を大きく変える進歩です。

ただし、MPRAが測定するのは、あくまで実験で設定された条件下での転写制御活性です。

その結果が、生体内の本来のゲノム位置における機能と完全に一致するわけではありません。

4. 2025年の論文が実現したこと:MPRAと機械学習の大規模化

「Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements」の重要性は、MPRA自体を発明したことではありません。

MPRAは、この論文以前から存在していました。

この研究の新しさは、大規模・高精度のlentiMPRAを用いて機能的なデータを収集し、そのデータからDNA配列の制御ルールを学習したことにあります[1]。

4.1 68万以上の制御配列候補を直接測定

研究では、以下の3種類のヒト細胞が使用されました。

  • HepG2
  • K562
  • WTC11

これらの細胞で68万以上のcCRE候補を測定し、その約41.7%が実験条件下で機能的な制御活性を示したと報告しています。

さらに、共通する約6万配列を3種類すべての細胞で測定し、cell-type specificity(細胞種特異性)も直接比較しています。

この規模で転写制御活性を測定したことは、機械学習にとって非常に大きな意味を持ちます。

4.2 MPRAの測定結果から深層学習モデルを構築

研究では、取得したデータを教師データとしてDNA配列モデルを学習しています。

比較されたモデルには、以下があります。

  • MPRAnn
  • MPRALegNet
  • EnformerMPRA
  • SeiMPRA

特に興味深いのがMPRALegNetです。

MPRALegNetは約130万パラメータ程度の比較的小さなCNNですが、巨大な事前学習モデルの特徴量を利用するEnformerMPRAやSeiMPRAとも競争力のある性能を示しました。

また、DNA配列を使うモデルは、生化学的特徴量だけを使うモデルよりも高い予測性能を示しています。

4.3 モデルの巨大化だけが進歩ではない

この研究から得られる重要な示唆は、モデルの巨大化だけがゲノムAIの進歩ではないということです。

巨大なニューラルネットワークを開発することに加えて、より直接的で大量の教師データを作ることも、同じくらい重要な研究方向です。

機械学習では、モデルのアーキテクチャだけでなく、何を正解として学習させるかが重要です。

この論文は、転写制御の機能を直接測定した大規模データを使うことで、DNA配列と制御活性の関係を学習できることを示しています。

5. Enformerとの関係:長距離のゲノム文脈と機能的教師データ

2021年に発表されたEnformerは、ゲノム機械学習におけるもう一つの大きな転換点でした[6]。

それまでのCNNでは、数百から数千bp程度の比較的ローカルなDNA配列を扱うモデルが多く使われていました。

これに対してEnformerはTransformerを導入し、数十から100 kb程度離れた配列間の長距離の影響をモデル化できるようにしました。

これにより、遠く離れたenhancerとpromoterの関係を考慮しながら、遺伝子発現やクロマチン状態を予測する方向が発展しました。

Enformerは、MPRAによるsaturation mutagenesisデータに対する変異効果予測の評価にも利用されています。

5.1 EnformerとMPRAは異なる方向の進歩

Enformerと大規模MPRAは、競合する技術というよりも、異なる課題に取り組む技術です。

技術 主な進歩 重視している点
Enformer 長距離ゲノム文脈のモデル化 より広い範囲のDNA配列を考慮すること
大規模lentiMPRA 制御配列の機能を大量に直接測定 より直接的な教師データを取得すること

Enformer系の技術は、長いゲノム文脈を読み取る能力を向上させています。

一方、MPRA系の技術は、短い制御配列の機能について高品質な正解データを大量に取得することを目指しています。

現在のregulatory genomics(転写制御ゲノミクス)では、この2つの方向が融合しつつあります。

6. 現在の技術とのつながり:BorzoiとAlphaGenome

現在のゲノム機械学習は、DNA配列からさまざまな生物学的機能を予測するsequence-to-functionモデルへと発展しています。

代表例がBorzoiとAlphaGenomeです。

6.1 Borzoi:DNA配列からRNA-seqを予測する

Borzoiは、DNA配列から細胞種・組織特異的なRNA-seq coverageを予測するモデルです[7]。

このモデルは、転写量だけでなく、以下のようなRNA制御の複数の段階を扱います。

  • Transcription(転写)
  • Splicing(スプライシング)
  • Polyadenylation(ポリアデニル化)

また、それぞれの段階に対するDNA変異の影響を評価できます。

つまり、従来のモデルが主に扱っていた、

DNA → Chromatin

という関係から、

DNA → RNA production / processing

という関係へと予測対象が拡張されています。

6.2 AlphaGenome:さらに広いゲノム文脈と複数の測定対象を統合

AlphaGenomeは、2026年にNatureで発表された大規模なDNA配列モデルです[8]。

AlphaGenomeでは、約1 MbのDNA配列を入力として、多数の機能的ゲノム測定値を予測します。

対象には以下が含まれます。

  • 遺伝子発現
  • 転写開始
  • クロマチンアクセシビリティ
  • ヒストン修飾
  • 転写因子結合
  • クロマチン接触
  • スプライシング関連の特徴

さらに、noncoding variant(非コード領域の変異)がこれらの機能に与える影響の評価にも利用できます。

6.3 ゲノム機械学習の技術的な系譜

これまでの進化を整理すると、以下のようになります。

時期・段階 代表的な技術 主な進歩
初期 PWM、Motif解析 転写因子が認識する配列パターンの探索
2015年頃 DeepBind DNA配列から転写因子の結合特異性を学習
2015〜2016年 DeepSEA、Basset DNA配列からクロマチン状態を予測
2018〜2021年 Basenji、Enformer 長距離ゲノム文脈や遺伝子発現を予測
大規模MPRAの発展 MPRA、lentiMPRA 制御配列そのものの転写活性を大量に直接測定
2025年 Agarwal、Inoueらの研究 68万以上の配列の機能測定と深層学習
2025〜2026年 Borzoi、AlphaGenome 長距離文脈、複数の制御機能、変異効果の予測

なお、これらは研究の発表順を厳密に一本化したものではなく、技術的な発展を理解するための整理です。

MPRAと長距離配列モデルは、並行して発展してきた研究方向です。

7. MPRA系モデルと長距離配列モデルの本質的な違い

MPRA系モデルとEnformer、AlphaGenomeのようなモデルは、完全に同じ問題を解いているわけではありません。

ここは、生体内シミュレーションへの応用を考えるうえでも重要な違いです。

7.1 MPRAは配列自体が持つ活性を測定する

MPRAが得意とするのは、ある200 bp程度の短いDNA配列が、単体でどの程度の制御活性を持つかを調べることです。

これはintrinsic regulatory activityやautonomous regulatory activityと呼ばれます。

例えば、あるenhancer配列が、それ自体としてどの程度転写を促進する能力を持っているかを評価できます。

7.2 実際のゲノムでは周囲の文脈が重要になる

一方、実際のゲノム内での遺伝子発現は、DNA配列だけで決まるわけではありません。

以下のような要因が関係します。

  • どのenhancerがどのpromoterに接触するか
  • Chromatin state
  • 3D genome structure
  • 周囲数十kbからMbにわたるDNA配列
  • Transcription factor abundance
  • Developmental state

つまり、生体内で起こる現象を考える場合、配列そのものの機能だけでなく、それが置かれている環境も考慮する必要があります。

7.3 MPRAではゲノム文脈の一部が失われる

lentiMPRAでは、DNA配列がランダムなゲノム位置へ組み込まれます。

そのため、異なる組み込み位置の影響を平均化した、配列そのものに由来する制御活性を測定することになります[1]。

これは、本来のゲノム位置における制御機能を完全に再現するものではありません。

したがって、両者の予測対象は次のように整理できます。

MPRA系モデル

「このDNA配列自体が、どの程度の転写制御活性を持っていますか?」

Enformer・AlphaGenome系モデル

「このDNA配列が、周囲のゲノム文脈の中でどのような機能的影響を持つと予測できますか?」

この違いは、用途によってモデルを選択する際の重要なポイントです。

8. ゲノム文脈を減らすことが機械学習のメリットになる理由

ゲノム文脈を失うことは、一見するとMPRAの欠点に見えます。

しかし、regulatory grammar(転写制御の文法)を学習する場合には、大きなメリットもあります。

8.1 通常のゲノムデータには多くの要因が混在する

例えば、あるenhancerに関連する遺伝子が強く発現しているとします。

通常のゲノムデータでは、遺伝子発現に以下のような複数の要因が関係しています。

Sequence

+ TF concentration

+ Chromatin

+ 3D contact

+ Promoter

+ Neighboring elements

↓

Expression

このため、観察された発現量に対して、どの要因がどれだけ寄与したのかを切り分けることは容易ではありません。

8.2 MPRAは学習問題を単純化する

MPRAでは、測定条件の多くを固定できます。

そのため、概念的には次のような関係に近づけることができます。

Sequence → Expression

実際には実験条件や細胞の状態も影響しますが、通常のゲノムデータに比べて、配列そのものの寄与を分析しやすくなります。

これは、機械学習におけるsupervised learning(教師あり学習)の問題を、より明確に定義できることを意味します。

8.3 Regulatory grammarの解読

MPRAの測定結果を使って学習したモデルを解析することで、以下のような特徴を調べやすくなります。

  • どの転写因子のmotifが重要か
  • Motifの向き
  • Motifの位置
  • Motif同士の組み合わせ
  • Promoterとenhancerの違い

モデルのattribution(予測への寄与度)を分析することで、DNA配列のどの部分が転写制御活性に影響するのかを推定できます。

このように、DNA配列に含まれる制御ルールを解読することが、regulatory grammarの研究です。

MPRAは、こうした解析のための実験的な基盤として機能します。

9. 2026年の進展:転写制御配列を予測するだけでなく設計する

2026年には、この方向をさらに発展させた研究として、Nature論文「Regulatory grammar in human promoters uncovered by MPRA-based deep learning」が発表されました[9]。

この研究では、約1,000万のMPRA promoter fragmentsを使用し、PARMというCNNモデルを学習しています。

9.1 PARMが実現したこと

PARMは、DNA配列からpromoter activityを予測するモデルです。

さらに、以下のような解析を行っています。

  • 転写因子motifの位置依存性
  • Motif同士の相互作用
  • 転写制御に重要な配列の特定
  • Synthetic promoter(人工プロモーター)の設計

特に重要なのは、予測した結果を解釈するだけでなく、モデルを使って新しいpromoter配列を設計している点です。

9.2 Measure → Learn → Interpret → Design

この研究の流れは、次のように整理できます。

従来のMPRAと機械学習の組み合わせは、

Measure → Learn → Interpret

という方向でした。

つまり、

  1. DNA配列の活性を測定します。
  2. 測定結果からモデルを学習します。
  3. 学習したモデルから転写制御のルールを解釈します。

という流れです。

PARMでは、そこに新たな段階が加わります。

Measure → Learn → Interpret → Design

つまり、学習したルールを使って、新しいDNA配列を設計する段階へ進んでいます。

これは、MPRAが単なる解析技術ではなく、DNA配列の設計技術を支える基盤になり得ることを示しています。

10. 生体内シミュレーションと医薬品開発へのつながり

ここまでの技術的な進化は、生体内シミュレーションや医薬品開発にも重要な示唆を持っています。

10.1 Genome annotationからsequence designへ

ゲノム解析の目的は、段階的に変化してきました。

初期の目的は、

Genome → Annotation

でした。

DNA配列のどこに遺伝子や制御配列が存在するのかを調べることが中心でした。

次に、機械学習の発展によって、

Genome → Prediction

という方向が生まれました。

DNA配列から転写因子結合、クロマチン状態、遺伝子発現などを予測します。

さらにMPRAによって、

Genome sequence → Experimentally calibrated function

という関係を学習できるようになりました。

そして現在は、

Desired function → Sequence design

という逆問題に向かっています。

10.2 望ましい転写活性を持つDNA配列の設計

例えば、従来は次のような問いに答えることが中心でした。

「このDNA配列は、どのくらい強く遺伝子発現を促進しますか?」

一方、配列設計の技術が発展すると、次のような問いを扱う方向へ進みます。

「肝細胞でだけ強く発現し、他の細胞では発現しないenhancerを設計できますか?」

これは、遺伝子発現の予測から、望ましい機能を持つ配列の生成へと問題が変化していることを意味します。

10.3 医薬品開発で期待される応用

こうした技術の進展は、以下の分野につながる可能性があります。

  • Gene therapyにおけるpromoterやenhancerの設計
  • Cell-type-specific vectorの開発
  • Synthetic Biology
  • 治療目的の遺伝子発現制御
  • Noncoding variantの機能評価

Agarwal、Inoueらの研究でも、大規模な機能測定データが制御配列の設計や治療目的のdeliveryにつながる可能性が指摘されています[1]。

また、PARMの研究では、細胞への刺激や薬剤処理などによるpromoter制御の変化を分析する方向も示されています[9]。

将来的には、患者由来の細胞やオルガノイドを用いて、疾患進行、治療応答、新たな創薬標的の理解につなげることも期待されています。

ただし、こうした応用可能性と、生体内での機能や治療効果が十分に予測・検証できていることは区別する必要があります。

MPRAの測定結果だけで、生体内の複雑な遺伝子制御を完全に再現できるわけではありません。

実際の生体内シミュレーションでは、長距離のゲノム文脈や細胞の状態なども考慮する必要があります。

11. まとめ:MPRAはゲノムAIの教師データ側の革新

「Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements」は、ゲノムAIの歴史において重要な研究です。

その意義は、モデルの構造を革新したというよりも、モデルが学習する教師データの質と規模を革新したことにあります。

それぞれの技術が果たした役割を整理すると、次のようになります。

技術 ゲノムAIにおける主要な役割
DeepBind DNA配列から転写因子の結合特異性を学習する
DeepSEA・Basset DNA配列からクロマチン状態を予測する
Enformer 長距離のゲノム文脈を考慮した予測を行う
大規模MPRA 制御配列の機能を直接測定し、教師データを提供する
Agarwal、Inoueらの研究 数十万規模の機能測定と深層学習からregulatory grammarを解析する
Borzoi・AlphaGenome 長距離文脈と複数の制御機能を予測する
PARM MPRAデータを使って転写制御の文法を解析し、新しいpromoterを設計する

DeepSEAやBassetは、DNA配列から特徴を自動的に学習できることを示しました。

Enformerは、長距離のゲノム文脈まで学習する方向を発展させました。

それに対して、Agarwal、Inoueらの研究は、大規模な実験によって直接測定した機能的データから、転写制御のルールを学習できることを示しています。

現在は、次の2つの技術的な方向が重要になっています。

巨大なsequence model × 大規模functional genomics実験

一方では、AlphaGenomeのように、多様なゲノム機能を広範囲のDNA配列から予測する方向が発展しています。

もう一方では、PARMのように、MPRAで得られた機能的な教師データから、解釈可能な制御ルールを学習し、新しいDNA配列の設計につなげる方向が発展しています。

これらは完全に同じ課題を扱っているわけではありませんが、相補的な役割を持っています。

生体内シミュレーションや医薬品開発の観点では、DNA配列から生物学的な機能を予測する技術と、目的の機能を持つDNA配列を設計する技術の両方が重要です。

MPRAは、その両方を支える機能的な測定データを提供する技術として、今後も重要な位置を占めると考えられます。

参考文献

[1] Agarwal, V., Inoue, F., Schubach, M. et al., “Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements,” Nature, 639, 411–420, 2025. https://www.nature.com/articles/s41586-024-08430-9

[2] Alipanahi, B., Delong, A., Weirauch, M. T., and Frey, B. J., “Predicting the sequence specificities of DNA- and RNA-binding proteins by deep learning,” Nature Biotechnology, 33, 831–838, 2015. https://doi.org/10.1038/nbt.3300

[3] Zhou, J., and Troyanskaya, O. G., “Predicting effects of noncoding variants with deep learning–based sequence model,” Nature Methods, 12, 931–934, 2015. https://doi.org/10.1038/nmeth.3547

[4] Kelley, D. R., Snoek, J., and Rinn, J. L., “Basset: learning the regulatory code of the accessible genome with deep convolutional neural networks,” Genome Research, 26, 990–999, 2016. https://doi.org/10.1101/gr.200535.115

[5] Gordon, M. G., Inoue, F., Martin, B. et al., “lentiMPRA and MPRAflow for high-throughput functional characterization of gene regulatory elements,” Nature Protocols, 15, 2387–2412, 2020. https://www.nature.com/articles/s41596-020-0333-5

[6] Avsec, Ž., Agarwal, V., Visentin, D. et al., “Effective gene expression prediction from sequence by integrating long-range interactions,” Nature Methods, 18, 1196–1203, 2021. https://doi.org/10.1038/s41592-021-01252-x

[7] Linder, J., Srivastava, D., Yuan, H. et al., “Predicting RNA-seq coverage from DNA sequence as a unifying model of gene regulation,” Nature Genetics, 57, 949–961, 2025. https://www.nature.com/articles/s41588-024-02053-6

[8] Avsec, Ž., Latysheva, N., Cheng, J. et al., “Advancing regulatory variant effect prediction with AlphaGenome,” Nature, 649, 1206–1218, 2026. https://www.nature.com/articles/s41586-025-10014-0

[9] Barbadilla-Martínez, L., Klaassen, N., Franceschini-Santos, V. H. et al., “Regulatory grammar in human promoters uncovered by MPRA-based deep learning,” Nature, 651, 1107–1116, 2026. https://www.nature.com/articles/s41586-025-10093-z

[10] “Massively parallel characterization of transcriptional regulatory elements,” PubMed Central, 2025. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11903340/

[11] “Massively parallel reporter assays for investigating gene regulation,” Nature Reviews Genetics, 2026. https://www.nature.com/articles/s41576-026-00944-4