対象読者
- AIを使った生体内シミュレーションや、Virtual Cell(仮想細胞)の研究に興味がある方。
- AIによる医薬品開発、分子設計、タンパク質・抗体の機能予測などに興味がある方。
- 生物学分野の基盤モデル(Foundation Model)やマルチモーダルAIの研究動向を把握したい方。
要約
- MAMMALは、タンパク質・抗体・低分子・遺伝子発現・数値情報など、創薬に関わる異種データを共通の言語として扱う基盤モデルです。
- 研究史の中では、個別の生物学的対象を学習するモデルから、複数の対象とタスクを統合するGeneralist Modelへの転換期を代表する研究と位置づけられます。
- 一方、3D構造や自然言語を直接統合するBioMatrix、未知の薬物に対する細胞応答の予測を重視するMAPなど、2026年にはさらに異なる方向への発展が進んでいます。
- MAMMALの強みは、単一のモデルで多様な生物学的対象とタスクを扱えることです。ただし、3D構造の表現や未知の条件への汎化性能には課題が残ります。
- 今後の重要な研究方向は、共通表現による統合に加え、3D構造、物理・幾何学的情報、生物学的メカニズム、未知条件への汎化をどのように実現するかにあると考えられます。
1. はじめに:MAMMALとは何か
MAMMAL(Molecular Aligned Multi-Modal Architecture and Language)は、タンパク質、抗体、低分子化合物、遺伝子発現などの異なる生物学的データを、単一のモデルで扱うことを目指した基盤モデルです。
論文のpreprintは2024年10月28日に公開され、査読版は2026年5月4日に npj Drug Discovery に掲載されました。[1][2]
このため、MAMMALの新規性を考える際には、2026年の研究としてではなく、主に2024年時点の研究状況と比較することが適切です。
MAMMALの研究史上の位置づけは、次のように整理できます。
「個別の分子・タンパク質基盤モデル」から、「創薬に使われる異種の生物学的対象とタスクを、ひとつの共通言語で扱うGeneralist Model」へ移行する時期を代表する研究です。
ただし、2026年現在の意味で、最も包括的なマルチモーダルモデルというわけではありません。
MAMMALのマルチモーダル性は、タンパク質配列、抗体配列、SMILES、遺伝子発現、数値を同じTransformerで扱うことにあります。一方、タンパク質や低分子の明示的な3D構造、自然言語による文献情報は基本的な表現対象に含まれていません。
近年のESM3やBioMatrixなどは、こうしたモダリティをさらに統合する方向へ進んでいます。[3][4]
本記事では、MAMMALの登場までの研究の流れを振り返ったうえで、MAMMALの技術的な特徴、最新研究との比較、創薬や生体内シミュレーションに向けた今後の方向性を整理します。
2. 第1段階:生物学的対象を個別に言語モデル化する研究
2019〜2022年ごろの大きな研究の流れは、各生物学的ドメインに特化した基盤モデルの発展でした。
この時期には、タンパク質、低分子、細胞などの異なる対象に対して、それぞれ独立した言語モデルが開発されていました。
2.1. タンパク質の言語モデル
タンパク質分野では、ESMやProtTransなどのモデルが登場しました。
これらの研究は、大量のアミノ酸配列を言語モデルに学習させることで、タンパク質の進化、構造、機能に関する情報を内部表現として獲得できることを示しました。
例えばESMの代表的な研究では、約2億5,000万のタンパク質配列が学習に使用されています。[5]
また、ProGenでは、言語モデルを使ったタンパク質生成が研究され、生成したタンパク質の機能について実験的な検証が行われました。
ここで重要なのは、タンパク質のアミノ酸配列を自然言語の文章のように扱い、その統計的な規則性から生物学的な情報を学習できることが示された点です。
2.2. 低分子の言語モデル
低分子化合物の分野では、SMILESなどの分子表記を学習するモデルが発展しました。
代表例としてMoLFormerがあります。
MoLFormerでは、10億規模のSMILESを使って分子の表現を学習しています。[6]
SMILESは分子構造を文字列として表現する方法です。この形式を使うことで、言語モデルの技術を低分子化合物の学習に適用できます。
この時期の研究は、概念的には次のように整理できます。
- タンパク質 → タンパク質言語モデル
- 低分子化合物 → 化学言語モデル
つまり、各対象を「言語」として学習することが中心でしたが、それぞれのモデルは基本的に独立していました。
2.3. 細胞の基盤モデル
同じころ、細胞を対象とする基盤モデルの研究も発展しました。
特に、single-cell RNA-seqなどの大量の遺伝子発現データから細胞状態を学習するモデルが登場しました。
代表的なものとしてGeneformerとscGPTがあります。
Geneformerは約3,000万、scGPTは3,300万を超えるsingle-cell profileを学習に使用しました。[7][8]
これらの研究によって、細胞の状態についても、言語モデルやTransformerを基盤とする大規模な表現学習が可能であることが示されました。
この段階で、タンパク質、低分子、細胞という3つの研究領域において、それぞれの基盤モデルが成立したことになります。
ただし、それらの情報を統一的に扱う仕組みは、まだ十分に実現されていませんでした。
3. 第2段階:異なるモダリティを統合する研究
2022〜2024年になると、それまで個別に学習されていた生物学的データを、同じモデルや表現空間の中で結びつける研究が増えてきました。
代表的な研究方向は、次のようなものです。
- 分子と自然言語の対応付け
- 分子とタンパク質の対応付け
- 分子と3D構造の統合
3.1. 分子と自然言語の統合
MolT5は、分子文字列と自然言語の間の変換を扱うモデルです。[9]
MoleculeSTMでは、分子構造とテキストの間で対照学習(Contrastive Learning)を行い、それぞれの情報を対応付けています。
こうした研究は、分子を単に文字列として学習するだけでなく、その分子が持つ性質や説明との関係をモデル化する方向へ進んだものです。
3.2. 分子の3D構造を学習する研究
Uni-Molでは、分子の3D構造を直接学習する方向が研究されました。
これは、SMILESのような1次元表現だけではなく、分子の空間的な配置そのものを学習するという点で重要です。
分子の機能や相互作用を理解するうえでは、原子がどのように3次元空間に配置されているかも重要になります。
このため、分子の言語表現と3D構造表現をどのように結びつけるかが、一つの研究方向となりました。
3.3. BioT5とBioT5+:生物学的な共通言語への接近
BioT5およびBioT5+は、MAMMALの前史として特に重要です。
BioT5では、タンパク質、低分子、自然言語をT5型のモデルに統合しました。
BioT5+では、Instruction Tuningや数値表現についても強化されています。[10]
つまり、「生物学的に異なる対象を、すべてTransformerの言語として扱う」という基本的な発想自体は、MAMMALが初めて提案したものではありません。
MAMMALの特徴を理解するためには、共通言語という発想に加え、その言語の設計や対応するタスクの違いを見る必要があります。
3.4. Tx-LLM:創薬タスクのGeneralist化
2024年には、Tx-LLMも登場しました。
Tx-LLMでは、低分子、タンパク質、核酸、細胞株、疾患などの情報を自然言語と組み合わせ、66種類の治療薬開発関連タスクを単一のGeneralist LLMで扱っています。
研究では709のデータセットが使用されました。[11]
これは、MAMMALと非常に近い時期に登場した重要な比較対象です。
この段階では、個別の分子や細胞を学習するモデルから、創薬に必要なさまざまなタスクを単一のモデルで扱う方向へと研究が進んでいました。
4. 第3段階:MAMMALが提案した共通の生物学的言語
それでは、こうした研究の流れの中で、MAMMALは何を新しく提案したのでしょうか。
MAMMALの特徴は、巨大な汎用LLMに生物学の知識を追加するというよりも、生物学や創薬のための共通のDomain-Specific Language(DSL)を設計するという発想に近いことです。
4.1. 生物学的対象を共通の形式で表現する
MAMMALでは、異なる生物学的対象を次のように表現します。
| 対象 | MAMMALでの表現 |
|---|---|
| 低分子化合物 | SMILES |
| タンパク質 | アミノ酸配列 |
| 抗体 | アミノ酸配列 |
| 細胞・遺伝子発現 | 発現量に基づいて順位付けした遺伝子名の配列 |
| 連続数値 | 埋め込み空間への直接投影 |
これらを特殊なトークンで区切り、複数の生物学的対象を一つのStructured Promptとして記述します。[2]
例えば、タンパク質と低分子の相互作用の予測では、タンパク質配列とSMILESを同じ入力の中で指定できます。
重要なのは、単に異なるデータを連結するだけでなく、それぞれのデータの種類や関係性を共通の構文で記述できる点です。
4.2. 連続数値を直接扱う
MAMMALの特徴の一つが、連続数値の取り扱いです。
一般的な言語モデルでは、数値も文字列としてトークン化して扱うことが多くあります。
これに対してMAMMALでは、IC50や結合親和性などの連続値を、文字列に変換するのではなく、学習可能な投影層を通して埋め込み空間に直接取り込めるようにしています。
これは、数値情報が重要な創薬タスクに適した設計です。
4.3. 分類・回帰・生成を一つのモデルで扱う
MAMMALはT5を基盤としたTransformerアーキテクチャを使用しています。
この共通のモデルによって、次のようなタスクを扱えるようにしています。
- Classification(分類)
- Regression(回帰)
- Sequence Generation(配列生成)
事前学習には約20億サンプルが使用され、単なるMasked Language Modelingだけでなく、タンパク質間相互作用や抗体生成などに関わるタスクも含まれています。[2]
つまりMAMMALは、生物学的な対象を統一的に入力するだけでなく、異なる種類の予測や生成を共通の枠組みで実行することを目指しています。
4.4. BioT5やTx-LLMとの思想的な違い
MAMMALの特徴を分かりやすく整理すると、次のようになります。
BioT5やTx-LLMは、既存のLLM的な世界に生物学を取り込む方向の研究です。
一方で、MAMMALは、生物学の側に共通の言語やプロトコルを設計する方向の研究です。
もちろん、両者が完全に対立するわけではありません。
しかし、MAMMALでは自然言語で生物学的情報を説明することよりも、生物学的対象や数値、相互作用を構造化した形式で扱うことに大きな特徴があります。
この点が、MAMMALを単なるマルチタスクモデルではなく、共通の生物学的言語を目指した研究として位置づける理由です。
5. MAMMALの「マルチモーダル性」は何を意味するのか
MAMMALを評価する際に重要なのが、「マルチモーダル」という言葉の意味です。
MAMMALは確かにマルチモーダルモデルですが、実際には多くの生物学的情報を1次元の配列に変換しています。
具体的には、次のような変換です。
- タンパク質 → アミノ酸配列
- 低分子化合物 → SMILES
- 細胞 → 発現量に基づいて順位付けした遺伝子名の配列
そのため、MAMMALには二つの特徴があります。
5.1. 生物学的対象の広さ
MAMMALは、多様な生物学的対象を共通のモデルで扱います。
これをMulti-Entity、あるいはMulti-Domainの広さと考えることができます。
創薬では、低分子とタンパク質の相互作用、抗体と抗原の結合、細胞に対する薬物の作用など、異なる対象の関係を理解する必要があります。
MAMMALは、こうした異種の対象を横断する点で強みがあります。
5.2. 各対象の内部表現の深さ
一方で、それぞれの生物学的対象の内部に存在する多様な情報を、すべて直接扱うわけではありません。
例えばタンパク質については、アミノ酸配列が主な表現であり、明示的な3D構造を直接扱うものではありません。
この点で、ESM3のようなモデルとは方向性が異なります。
ESM3は、タンパク質という一つの対象に重点を置きながら、配列、構造、機能を統合的に学習しています。[3]
つまり、二つのモデルの違いは次のように整理できます。
MAMMALは、生物学的対象の種類の広さに強みがあります。
ESM3は、タンパク質という対象の内部におけるモダリティの深さに強みがあります。
この二つの方向性は、どちらか一方が常に優れているという関係ではありません。
創薬や生体内シミュレーションのための基盤モデルを考える際には、対象の広さと表現の深さの両方が重要になります。
6. 2026年時点の類似研究との比較
2026年時点では、MAMMALと同様に生物学的な情報を統合する研究が、さらに多様な方向へ発展しています。
代表的な研究を比較すると、次のようになります。
| モデル | 公開時期 | 主な研究方向 | MAMMALとの位置づけ |
|---|---|---|---|
| MAMMAL | 2024年preprint、2026年査読版 | 低分子、タンパク質、抗体、遺伝子発現、数値の共通言語化 | 生物学的対象とタスクの広さが強み。3D構造や自由な自然言語の表現には限界があります。 |
| ESM3 | 2024〜2025年 | タンパク質の配列・構造・機能の統合 | 対象は比較的狭いものの、タンパク質内部のマルチモーダル表現が深いモデルです。[3] |
| TxGemma | 2025年 | 66種類の創薬関連タスクと自然言語対話 | LLMによる対話や推論、汎用的な創薬タスクへの対応を重視しています。[12] |
| BioMatrix | 2026年preprint | 低分子・タンパク質の配列、3D構造、自然言語を統合 | MAMMALの共通言語という思想に、3D構造と自然言語のネイティブな統合を加えた方向です。[4] |
| ADiT | ICLR 2026 | All-Atom・3D構造を使った結合親和性予測 | より特化したモデルですが、物理・幾何学的な情報の活用が強みです。[13] |
| MAP | 2026年8月 | 薬物、タンパク質、メカニズムに関する知識、細胞応答の統合 | 未知の薬物に対する細胞応答の予測と、メカニズムに基づく汎化を重視しています。[14] |
| UCE | 2026年 | 生物種をまたいだ普遍的な細胞表現 | 細胞側からのアプローチであり、Cross-Speciesな細胞表現の学習を重視しています。[15] |
これらの研究の中でも、MAMMALの思想に最も近い後続の研究方向としてBioMatrixが挙げられます。
一方、創薬全般を扱うGeneralist Modelという観点ではTxGemmaが重要です。
また、生体内シミュレーションや薬物に対する細胞応答の予測という観点では、MAPとの比較が特に興味深いものになります。
7. BioMatrix:共通言語から3D構造を含む統合へ
2026年6月に公開されたBioMatrixは、MAMMALの研究史上の位置づけを考えるうえで、特に重要な比較対象です。[4]
BioMatrixでは、低分子とタンパク質について、次のモダリティを統合しています。
- Sequence(配列)
- Structure(構造)
- Natural Language(自然言語)
これらを共通の離散トークン空間に統合し、単一のNext-Token Predictionによって扱うことを目指しています。
7.1. BioMatrixの技術的な特徴
BioMatrixでは、外部のEncoderやモダリティ固有の出力Headに極力依存せず、複数のモダリティを共通のトークンとして扱うことを目指しています。
モデルには1.7Bおよび4Bパラメータの構成があり、304.4Bトークンを使って継続事前学習が行われています。
評価では、80のDownstream Tasksが使用されています。[4]
7.2. MAMMALから何が進化したのか
MAMMALでは、生物学的な対象を共通言語で扱うという方向が示されました。
これに対してBioMatrixでは、共通言語に変換するだけでなく、3D構造や自然言語も、その言語のネイティブな語彙として扱う方向へ進んでいます。
つまり、MAMMALで示された共通言語の思想を、さらに豊かなモダリティへ拡張する研究と捉えることができます。
7.3. BioMatrixはMAMMALを完全に包含するのか
ただし、BioMatrixがMAMMALの機能を完全に包含しているわけではありません。
MAMMALには、細胞の遺伝子発現データを扱う仕組みや、連続数値を直接埋め込み空間に取り込むという特徴があります。
BioMatrixでは、低分子とタンパク質の配列、構造、自然言語が中心になっています。
そのため、両者の特徴は次のように整理できます。
MAMMAL:Breadth Across Biological Entities
異なる生物学的対象を横断する広さを重視します。
BioMatrix:Depth Across Modalities of Molecular Entities
低分子やタンパク質に関するモダリティの深さを重視します。
この比較は、今後の生物学的基盤モデルに必要な設計を考えるうえで重要です。
8. MAP:未知の薬物に対する細胞応答の予測へ
2026年8月26日に Nature Machine Intelligence に掲載されたMAPは、MAMMALとは異なる方向で、生物学的情報の統合を進めた研究です。[14]
MAPの主な目的は、薬物による細胞応答の予測です。
特に、学習データに含まれていない薬物についても、細胞がどのように応答するかを予測することを重視しています。
これは、Virtual Cellや生体内シミュレーションにとって重要な研究課題です。
8.1. MAPが統合する情報
MAPでは、14の公開情報源を統合したKnowledge Graphを構築しています。
そこには、次のような規模の情報が含まれています。
- 18万を超える薬物
- 約2万3,000の遺伝子
- 約69万の生物学的メカニズムに関する関係
これらの情報を使って、分子構造、タンパク質配列、生物学的メカニズムに関するテキストを対応付けています。
さらに、学習した表現をSingle-Cell Foundation Modelと組み合わせ、薬物を与えた場合の細胞応答を予測します。
8.2. 未知の薬物へのZero-Shot Generalization
MAPで特に重要なのは、通常のランダムなTrain/Test分割だけでなく、未知の薬物に対する汎化性能を強く意識している点です。
具体的には、学習時に一度も細胞応答が測定されていない薬物について、その応答を予測できるかを評価しています。
研究では、こうしたZero-Shot条件において、既存のBaselineに対する性能改善が報告されています。[14]
これはMAMMALの時代から、研究上の評価軸が変化していることを示す例と考えられます。
2024年ごろには、さまざまなタスクを一つのモデルで解けるかという点が重要でした。
一方、2026年には、学習時には観測されていない薬物や細胞の組み合わせに対して、どこまで予測能力を発揮できるかが重要になっています。
8.3. 生物学的メカニズムを学習することの重要性
MAPは、単に薬物の構造と細胞応答の統計的な対応を学習するだけではありません。
薬物と遺伝子の関係、生物学的な作用機序に関する知識を表現に取り込むことを重視しています。
この方向性は、未知の条件での予測を可能にするために、生物学的メカニズムの理解をモデルに組み込もうとするものです。
MAMMALが共通の表現形式によるタスク統合を重視したのに対し、MAPは未知条件への汎化とメカニズムに関する知識の活用を重視していると整理できます。
9. ESM3、ADiT、UCE、TxGemma:異なる方向への発展
MAMMALに近い研究がすべて、単一の巨大な生物学的言語モデルを目指しているわけではありません。
2024〜2026年の研究は、複数の方向に分岐しています。
9.1. ESM3:タンパク質内部のマルチモーダル化
ESM3は、タンパク質の配列、構造、機能を統合するモデルです。[3]
MAMMALと比べると、扱う生物学的対象の種類は限定されています。
その一方で、タンパク質という一つの対象について、複数の情報を深く統合しています。
これは、多様な対象を横断することよりも、個別の対象を高精度に表現する方向です。
9.2. ADiT:物理・幾何学的な情報の活用
ADiTは、All-Atomや3D構造を使った結合親和性予測に取り組む研究です。[13]
MAMMALのように多様なタスクを広く扱うモデルではなく、より特化したモデルです。
しかし、分子間の相互作用を考えるうえで重要な原子レベルの構造情報を直接扱うという特徴があります。
創薬AIでは、共通の言語表現だけでなく、物理的・幾何学的な情報をどのようにモデルに組み込むかも重要な課題となっています。
9.3. UCE:生物種をまたぐ細胞表現
UCEは、異なる生物種をまたいで利用できる普遍的な細胞表現の学習を重視する研究です。[15]
MAMMALでは、細胞の遺伝子発現を遺伝子名の順位付き配列として表現しています。
UCEは、それとは異なる設計によって、Cross-Speciesな細胞表現を学習する方向の研究です。
これは、細胞を単に「遺伝子名の文章」として扱うだけでは十分ではない可能性を考えるうえで重要です。
9.4. TxGemma:LLMによる創薬タスクの汎用化
TxGemmaは、66種類の治療薬開発関連タスクを扱う研究です。[12]
MAMMALでは、構造化された生物学的データを共通の言語として扱うことが特徴でした。
一方、TxGemmaは、LLMを活用した自然言語対話や汎用的なタスク対応を重視する方向です。
このため、MAMMALの特徴が生物学的データのネイティブな表現設計にあるのに対して、TxGemmaはLLMとしての汎用性や対話・推論との接続に特徴があると整理できます。
これらの研究は、MAMMALを単純に大規模化するのではなく、それぞれ異なる課題を解決しようとしている点が興味深いところです。
10. MAMMALの評価結果はどのように読むべきか
MAMMALは、論文で評価した11のDownstream Tasksのうち、9つでState-of-the-Art(SOTA)を達成したと報告しています。[2]
評価対象には、次のようなタスクが含まれています。
- 低分子の性質の予測
- Drug–Target Interaction
- Protein–Protein Interaction
- 薬物に対する細胞応答の予測
- 抗体設計
これだけ異なるタスクで高い性能を報告していることは、MAMMALの重要な成果です。
ただし、この結果の解釈には注意が必要です。
10.1. 9/11 SOTAの意味
11タスク中9タスクでSOTAという結果は、評価に使用されたタスクと比較対象の範囲で得られたものです。
すべての創薬タスクで、あらゆる既存モデルより優れていることを意味するわけではありません。
タスクによって使用されるBaseline、データ分割、Fine-Tuning条件が異なります。
また、MAMMALの論文でも、比較対象は公開された結果を報告しているモデルの範囲に限られることが説明されています。[2]
10.2. AlphaFold 3との比較
MAMMALの論文では、AlphaFold 3との比較も行われています。
ただし、この比較についても慎重に解釈する必要があります。
MAMMAL側は、Fine-Tuningされた結合予測Classifierです。
一方、AlphaFold 3側では、構造予測から得られるConfidence Scoreを、結合可能性のProxyとして使用しています。
つまり、両者が完全に同一の目的で学習されたモデルを、そのまま比較しているわけではありません。
そのため、論文中の結果を「MAMMALはAlphaFold 3より一般的に結合予測能力が優れている」と解釈することは適切ではありません。[2]
10.3. 分布外データでの評価
2026年時点では、基盤モデルの評価において、単純なBenchmark Scoreだけでは十分ではないという問題意識が強まっています。
特に重要なのが、次のような条件です。
- Distribution Shift:学習時と異なるデータ分布
- Activity Cliff:構造が類似しているにもかかわらず、活性が大きく異なる化合物
- Unseen Target:学習時に観測されていない標的
- Unseen Drug:学習時に観測されていない薬物
- Uncertainty:予測結果の不確実性
こうした観点で性能を評価しなければ、モデルが実際の創薬においてどの程度有用なのかを判断することは難しくなります。
2026年9月4日に Nature Methods に掲載されたPerspectiveでも、Biomedical Foundation Modelの評価において、Reproducibility、Generalization、Replicabilityをどのように検証するかが重要な問題として論じられています。[16]
また、2026年の関連レビューでも、現実的なデータ分割、OOD評価、不確実性の評価などの重要性が指摘されています。[17]
MAMMALの研究成果を評価する際にも、タスクの広さや平均的な性能だけではなく、未知の条件に対してどこまで汎化できるかを見ることが重要です。
11. 研究史の中でMAMMALをどこに位置づけるか
ここまでの研究の流れを整理すると、大きく5つの段階に分けることができます。
11.1. 第1段階:2019〜2022年 — 各ドメインの言語モデル化
代表的な研究:
- ESM
- ProtTrans
- MoLFormer
この段階では、タンパク質や低分子など、それぞれの生物学的対象を言語として学習する研究が進みました。
11.2. 第2段階:2022〜2024年 — モダリティ間の対応付け
代表的な研究:
- MolT5
- MoleculeSTM
- Uni-Mol
- BioT5
この段階では、分子、タンパク質、自然言語、3D構造などを結びつける研究が進みました。
11.3. 第3段階:2023〜2024年 — 生物学的モデルのGeneralist化
代表的な研究:
- Geneformer
- scGPT
- Tx-LLM
- MAMMAL
この段階では、複数の生物学的対象やタスクを統合的に扱うことが重要な研究方向となりました。
MAMMALは、特に創薬に関連する多様な対象を、共通のStructured Languageとして扱う方向を明確に示しました。
11.4. 第4段階:2024〜2026年 — Native Multimodalityへの発展
代表的な研究:
- ESM3
- BioMatrix
この段階では、配列だけでなく、3D構造、機能、自然言語などを直接統合する方向が発展しました。
共通の言語で多様な対象を扱うことに加え、各対象の内部にある豊かな情報をどのように表現するかが重要になっています。
11.5. 第5段階:2026年以降 — メカニズム、未知条件への汎化、Virtual Cell
代表的な研究:
- MAP
- UCE
この方向では、単にBenchmarkを解けることだけでなく、未知の薬物、未知の細胞、異なる生物種などに対して汎化できるかが重要になります。
また、生物学的メカニズムに関する知識を活用し、薬物による細胞応答を予測する方向へ研究が進んでいます。
この5段階の整理の中で、MAMMALは第3段階を代表すると同時に、第4段階への橋渡しを行ったモデルと考えられます。
12. 生体内シミュレーション・医薬品開発への示唆
生体内シミュレーションや医薬品開発の観点から見ると、MAMMALの研究には重要な意味があります。
創薬では、タンパク質、低分子化合物、抗体、細胞など、異なる種類の情報を扱う必要があります。
それらを個別のモデルだけで処理するのではなく、統一的な表現や共通のモデルで扱えるようにすることは、創薬プロセスの統合に向けた重要な方向です。
MAMMALは、こうした統合の可能性を示しています。
一方で、2026年時点の研究動向を見ると、それだけでは十分ではないことも分かります。
12.1. より詳細な構造情報の必要性
BioMatrixやESM3では、配列だけでなく3D構造を統合しています。
また、ADiTのような研究では、原子レベルの構造情報や幾何学的な情報を直接扱っています。
このように、共通の配列表現だけではなく、物理的な構造情報をどのように取り込むかが、一つの重要な方向です。
12.2. 生物学的メカニズムと未知条件への汎化
MAPでは、生物学的メカニズムに関する知識を利用し、未知の薬物に対する細胞応答の予測を重視しています。
生体内シミュレーションを考える場合にも、学習済みの条件で高精度な予測ができるだけでなく、観測されていない条件への外挿が重要になります。
この点で、未知の薬物や細胞に対する汎化能力を評価する研究は、今後の重要な方向になると考えられます。
12.3. Generalist ModelとSpecialist Modelの関係
MAMMALは、多様な生物学的タスクを単一のモデルで扱うGeneralist Modelの方向を示しています。
一方、3D構造や物理的な相互作用を高精度に扱うためには、特定の問題に適したSpecialist Modelにも強みがあります。
現在の研究は、MAMMALを単純に巨大化する方向だけには進んでいません。
むしろ、次のような方向へ分岐しています。
- BioMatrix:3D構造や自然言語を含むNative Multimodality
- MAP:生物学的メカニズムとOOD Generalization
- ADiT:Physics・Geometryに基づくモデリング
- TxGemma:LLMの推論・対話・Agent的な利用との接続
この分岐は、生体内シミュレーションや医薬品開発において、単一の汎用モデルだけでなく、目的に応じた表現やモデルの設計が重要であることを示唆しています。
13. まとめ:MAMMALは複数の次世代研究が分岐する位置にある
MAMMALは、2026年時点で最先端の3D構造モデルというわけではありません。
また、最も高度なScientific Reasoningを実現するLLMというわけでもありません。
しかし、創薬で扱うタンパク質、抗体、低分子化合物、細胞状態、連続数値を、個別のモデルの寄せ集めではなく、ひとつのStructured Biological Languageとして扱うという思想を明確に示した研究です。
その意味で、MAMMALは研究史上の重要な位置にあると考えられます。
特に興味深いのは、その後の研究がMAMMALを単純に巨大化する方向ではなく、異なる方向へ進化している点です。
BioMatrixでは、3D構造や自然言語を直接統合する方向が進んでいます。
MAPでは、生物学的メカニズムを利用し、未知の薬物に対する細胞応答を予測する方向が進んでいます。
ADiTでは、物理・幾何学的な情報を重視する方向が見られます。
TxGemmaでは、創薬タスクをLLMの汎用性や対話・推論と結びつける方向が進んでいます。
こうした研究動向を踏まえると、MAMMALは完成された最終形のモデルというよりも、複数の次世代研究の方向性が分岐する直前に登場したGeneralist Architectureと位置づけることができます。
今後、生体内シミュレーションや医薬品開発のための基盤モデルを考える際には、次のような問いが重要になるでしょう。
多様な生物学的対象を共通表現で扱う広さと、3D構造・物理・生物学的メカニズムを詳細に扱う深さを、どのように両立するのでしょうか。
さらに、そのモデルが学習データに存在しない薬物や細胞、条件に対して、どこまで正確に予測できるのでしょうか。
MAMMALの研究上の価値は、こうした問いにつながる共通言語型のアプローチを、創薬の幅広いタスクに対して具体的に示したことにあると考えられます。
参考文献
[1] Shoshan, Y. et al., “MAMMAL - Molecular Aligned Multi-Modal Architecture and Language,” arXiv preprint, 2024. https://arxiv.org/abs/2410.22367
[2] Shoshan, Y. et al., “MAMMAL - Molecular Aligned Multi-Modal Architecture and Language for biomedical discovery,” npj Drug Discovery, 3, Article 14, 2026. https://www.nature.com/articles/s44386-026-00047-4
[3] Hayes, T. et al., “Simulating 500 million years of evolution with a language model,” Science, 387, pp. 850–858, 2025. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39818825/
[4] Pei, Q. et al., “BioMatrix: Towards a Comprehensive Biological Foundation Model Spanning the Modality Matrix of Sequences, Structures, and Language,” arXiv preprint, 2026. https://arxiv.org/abs/2606.22138
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