対象読者
- タンパク質生成AIの研究動向や、生成モデルを使った医薬品開発に興味がある方
- EvoDiff、RFdiffusion、ESM3などのモデルの違いや、研究史における位置づけを理解したい方
- タンパク質配列・立体構造・機能を統合する生成AIの最新研究を知りたい方
要約
- EvoDiffは、2023年に登場した、進化配列データを直接利用するタンパク質生成のための離散拡散モデルです。
- 当時の構造ベースのタンパク質生成研究に対して、3次元構造を明示的に生成せず、配列空間そのものを探索する「sequence-first」というアプローチを提示しました。
- この研究は、DPLMなどのsequence diffusionモデルにつながり、進化配列データを活用する生成モデルの重要性を示しました。
- 一方、2025〜2026年の最先端研究は、配列だけでなく構造・機能・相互作用を統合するmultimodalおよびall-atom generative modelへと発展しています。
- EvoDiffの歴史的な意義は、「構造が不要である」と証明したことではなく、タンパク質生成におけるsequence-firstという独立した研究方向を確立したことにあります。
1. EvoDiff以前:タンパク質を「言語」として学習する流れ
EvoDiffを理解するためには、まず、タンパク質配列を学習する研究がどのように発展してきたのかを振り返る必要があります。
タンパク質を構成するアミノ酸の配列には、進化の過程で保存されてきたさまざまな制約が含まれています。
そのため、自然界に存在する大量のタンパク質配列から統計的な規則性を学習すれば、タンパク質の構造や機能に関する情報も獲得できるのではないか、という考え方が発展してきました。
2017〜2019年頃:Protein familyの統計モデルから深層生成モデルへ
初期の重要な研究の一つが、DeepSequenceです。
DeepSequenceは、Multiple Sequence Alignment(MSA)に含まれる配列分布をVariational Autoencoder(VAE)によって学習し、自然進化によって選択されてきた配列の統計的特徴をモデル化しました。
主な目的は変異効果の予測でしたが、「進化によって観察された配列分布を生成モデルとして学習する」という発想を示した点で重要です。[1]
続いて登場したUniRepなどの研究では、大量のタンパク質配列を自然言語のように自己教師あり学習することで、配列だけから構造や機能に関する有用な表現を獲得できることが示されました。[2]
これらの研究によって、タンパク質の配列そのものを大規模に学習するという方向性が確立されていきました。
2020〜2023年頃:Protein Language Modelによる直接生成
その後、Transformerを利用したProtein Language Model(PLM)が発展しました。
代表例には、ProGen、ProGen2、ProtGPT2などがあります。
これらのモデルでは、タンパク質のアミノ酸配列を文章と同じように扱い、次に現れるアミノ酸を予測することで、新しい配列を生成します。
典型的な自己回帰モデルは、次の確率分布を学習します。
$$ P(x_1,\ldots,x_L)
\prod_{i=1}^{L} P(x_i \mid x_{<i}) $$
ここで、$x_i$は配列中の$i$番目のアミノ酸を表します。
特にProGenの研究では、約2.8億のタンパク質配列を使って学習した12億パラメータのモデルから、実際に機能する人工タンパク質を生成できることが実験的に示されました。[3]
この成果は、タンパク質生成において必ずしも3次元構造を明示的に扱う必要はなく、配列だけでも有用な生成モデルを構築できることを示しています。
したがって、「sequence is enough」という思想自体は、EvoDiffが初めて提示したものではありません。
EvoDiffの新しさは、次の3つの要素を組み合わせたことにあります。
- Sequence language model
- Diffusion model
- Evolutionary-scale sequence data
2. もう一つの流れ:2022〜2023年に構造生成が急速に発展
タンパク質配列を直接生成する研究と並行して、3次元構造を利用するタンパク質設計も急速に発展しました。
この流れで重要な役割を果たしたのが、ProteinMPNNです。
ProteinMPNNは、与えられたタンパク質の主鎖構造(backbone)に対して、その構造を形成する可能性が高いアミノ酸配列を設計する、inverse foldingのモデルです。
つまり、
3D backbone → Amino acid sequence
という方向の設計を実用的にしました。
さらに2023年には、RFdiffusionとChromaが登場しました。
RFdiffusionとChroma
RFdiffusionは、RoseTTAFoldの構造表現を利用し、3次元座標に対するdiffusionによって、新しいタンパク質のbackboneを生成するモデルです。
この研究によって、次のようなタスクで大きな進展が見られました。
- De novo backbone generation
- Motif scaffolding
- Binder design
Chromaも同時期に登場したモデルで、条件付きの3次元タンパク質構造生成を大規模に実現しました。Chromaの研究は2023年11月にNatureに掲載されています。[4]
この頃の典型的なタンパク質生成パイプラインは、次のようなものでした。
Random noise → 3D backbone → ProteinMPNN → Amino acid sequence
まず拡散モデルで3次元構造を生成し、その構造に適合する配列を別のモデルで設計します。
つまり、タンパク質生成の中心に3次元構造を置く、structure-firstの考え方が強くなっていた時期でした。
このような研究状況の中で、EvoDiffが登場します。
3. EvoDiffの登場:進化配列を直接生成する
EvoDiffは、Alamdariらによる「Protein generation with evolutionary diffusion: sequence is all you need」という研究です。
オリジナルのbioRxiv版は、2023年9月12日に公開されました。[5]
EvoDiffの中心的な問いは、非常にシンプルです。
なぜタンパク質生成において、最初から3次元構造を生成する必要があるのでしょうか。
自然界には、進化によって蓄積された膨大な数のタンパク質配列が存在します。
それらの配列そのものを生成モデルで学習すれば、3次元構造を明示的に生成しなくても、有用なタンパク質を生成できるのではないでしょうか。
これがEvoDiffの基本的な発想です。
EvoDiffでは、UniRef50由来の約4,200万のタンパク質配列を使用して、アミノ酸配列に対するdiscrete diffusion modelを学習しています。
このモデルがEvoDiff-Seqです。
また、MSAを直接拡散モデルで扱うEvoDiff-MSAも提案されています。[5]
EvoDiffの重要性は、単に新しい生成アルゴリズムを導入したことだけではありません。
タンパク質生成の対象を、3次元構造から進化配列そのものへと移したことにあります。
4. EvoDiffの本質的な貢献①:進化配列データの規模を活用する
EvoDiffが強調した重要な点は、タンパク質配列と実験的な3次元構造のデータ量の違いです。
当時、実験的に解かれたタンパク質構造の数は、およそ数十万規模でした。
一方、自然界から収集されたタンパク質配列は、それよりも桁違いに多く存在していました。
この非対称性がEvoDiffの中心的な動機になっています。[6]
Structure-firstとSequence-first
従来の構造ベースの生成モデルでは、概念的には次のような確率分布を学習します。
$$ P(\text{structure}) $$
そのため、学習対象は主としてタンパク質の構造データになります。
一方、EvoDiffでは次の分布を直接学習します。
$$ P(\text{sequence}) $$
つまり、進化配列そのものを学習対象にすることで、利用可能なデータの規模を大幅に拡大できます。
これは現在のProtein Foundation Modelの考え方にも近いものです。
タンパク質生成の出発点を構造データに限定せず、自然進化が残した膨大な配列データに置いたことが、EvoDiffの重要な貢献です。
5. EvoDiffの本質的な貢献②:左から右へ生成する必要がない
EvoDiffのもう一つの重要な特徴は、自己回帰モデルとは異なる生成方法にあります。
ProGenのような自己回帰モデルでは、一般的に配列を左から右へ順番に生成します。
$$ 1 \rightarrow 2 \rightarrow 3 \rightarrow \cdots \rightarrow L $$
一方、EvoDiffでは、アミノ酸配列の一部をmaskしたり、noiseを加えたりした状態から、徐々に元の配列を復元するように学習します。
例えば、概念的には次のような生成ができます。
???A????G???
↓
MKTAV...G...
このように、配列の任意の場所を生成対象にできることが重要です。
柔軟な条件付き生成
この特徴によって、EvoDiffでは次のようなタスクを自然に扱えます。
- Unconditional generation:条件を指定せず、新しいタンパク質配列を生成します。
- Sequence inpainting:配列の一部を固定し、残りの領域を補完します。
- Motif scaffolding:機能的に重要なmotifを固定し、その周囲の配列を生成します。
- N末端・C末端の固定:両端の配列を維持したまま、中央の領域を生成します。
- MSA-conditioned generation:進化的に関連する配列群の情報を利用して生成します。
この柔軟性は、diffusion modelをタンパク質配列へ適用する大きな利点です。
また、後のDiffusion Language Model研究にもつながる特徴といえます。
6. EvoDiffの本質的な貢献③:構造モデルが苦手なタンパク質を扱える
EvoDiffのもう一つの重要な意義は、単一の安定した3次元構造を持たないタンパク質や領域も、生成対象として扱えることです。
RFdiffusionのような構造生成モデルは、明確な3次元構造を持つタンパク質の設計を得意とします。
しかし、生物学的に重要なタンパク質の中には、単一の安定した構造を持つこと自体が本質ではないものもあります。
代表例として、次のようなものがあります。
- Intrinsically disordered proteins / regions(IDPs / IDRs)
- Flexible linkers
- Targeting peptides
- Signal sequences
これらの領域では、柔軟性や無秩序性そのものが生物学的機能と関係している場合があります。
EvoDiffは配列そのものを直接生成するため、このような領域も原理的には通常の生成対象として扱うことができます。
論文では、この方向性を、構造と機能の対応関係を中心とする従来の考え方を超えた、sequence-first designとして位置づけています。[5]
この点は、現在から見てもEvoDiffの特徴的な貢献の一つです。
7. 「Sequence is all you need」は正しかったのでしょうか
EvoDiffのタイトルには、「sequence is all you need」という強い表現が使われています。
2026年時点から振り返ると、この主張は二つに分けて考える必要があります。
配列だけで強力な生成モデルを学習できる
この主張は、後続研究によっても支持されています。
進化配列データだけを利用して、タンパク質に関する多様な制約や特徴を学習できることは、Protein Language Model研究全体の重要な成果です。
EvoDiffも、その一つの方法としてsequence diffusionの有効性を示しました。
タンパク質設計には配列以外の情報が必要ない
一方、この主張については、現在の研究動向はむしろ否定的です。
EvoDiff以降の研究は、配列情報の重要性を認めながらも、構造や機能を統合する方向へ発展しています。
大まかな流れは、次のように整理できます。
$$ \text{Sequence} \rightarrow \text{Sequence + Structure} \rightarrow \text{Sequence + Structure + Function + Interactions} $$
そのため、EvoDiffのタイトルは文字通り「タンパク質設計に構造情報は不要である」と結論づけるものではなく、3次元構造データだけをタンパク質生成の中心に置く必要はない、という問題提起として理解するのが適切です。
8. EvoDiffの直接的な後継:DPLM
EvoDiffからの研究の発展を考えるうえで、重要な後続研究がDPLM(Diffusion Protein Language Model)です。
DPLMは、Wangらによって提案され、ICML 2024で発表されました。[7]
DPLMでは、sequence diffusionをさらに一般化し、タンパク質の生成だけでなく、表現学習にも利用することを目指しています。
生成モデルからFoundation Modelへ
DPLMが重要なのは、diffusion modelを単なる配列生成器ではなく、汎用的なProtein Foundation Modelとして位置づけた点です。
DPLMでは、次のようなタスクを扱います。
- Unconditional generation
- Motif scaffolding
- Structure-conditioned inverse folding
- Property-guided generation
- Downstream prediction
これによって、配列生成とタンパク質の表現学習を統一的に扱う方向性が示されました。
研究史的には、
EvoDiff → DPLM
という流れは非常に自然です。
EvoDiffは、protein sequence diffusionという研究方向を明確に成立させた論文として位置づけられます。
9. DPLM-2:配列だけでなく構造も同時に学習する
DPLMの次の発展として重要なのが、2025年のDPLM-2です。
DPLM-2はICLR 2025で発表されました。[8]
DPLM-2では、タンパク質の3次元構造をdiscrete tokenへ変換し、アミノ酸配列と構造情報を一つのdiffusion foundation modelで扱います。
つまり、次のような同時分布を学習する方向です。
$$ P(\text{sequence},\text{structure}) $$
これによって、次のようなタスクを同じモデルで扱えるようになります。
- Sequence → Structure
- Structure → Sequence
- Sequence + Structure → Completion
- Joint sequence–structure generation
- Motif scaffolding
この発展は、EvoDiff以降の研究動向を象徴しています。
EvoDiffは、配列だけでもタンパク質生成が可能であることを示しました。
DPLMは、そのsequence diffusionを汎用的なFoundation Modelへ発展させました。
そしてDPLM-2では、配列と構造を同時に学習することで、より汎用的な生成モデルを目指しています。
つまり、sequence-firstの考え方を発展させながら、構造情報を再び統合する方向へ進んだのです。
10. ESM3:配列・構造・機能を統合する
この流れでもう一つ重要なモデルが、ESM3です。
ESM3は、2025年にScienceに掲載された研究です。[9]
ESM3では、タンパク質の配列・構造・機能を同じ生成モデルで扱います。
$$ \text{Sequence}+\text{Structure}+\text{Function} $$
これは、従来のsequence-only modelやstructure-only modelから、さらに一歩進んだ方向です。
ESM3による蛍光タンパク質の生成
ESM3の代表的な成果が、蛍光タンパク質esmGFPの生成です。
esmGFPは、既知の蛍光タンパク質との配列一致率(sequence identity)が約58%という低い値でありながら、実際に蛍光を示すことが確認されました。
研究者らは、この配列の進化的な距離を、約5億年相当と評価しています。[9]
この結果は、生成モデルが自然進化のデータから制約を学習し、自然界で実際に観察されていない配列空間まで探索できる可能性を示しています。
EvoDiffとESM3に共通する考え方
EvoDiffとESM3には、共通する思想があります。
それは、自然進化によって蓄積された膨大な情報を学習し、そこから新しいタンパク質を生成するという考え方です。
ただし、両者の違いは明確です。
EvoDiffは配列を中心にモデルを構築しました。
一方、ESM3では、配列だけでなく構造や機能も一緒にモデル化します。
EvoDiffのsequence-firstという考え方と、ESM3のmultimodalという考え方は、このような関係にあります。
11. 2025〜2026年:DiffusionからFlow Matching、さらにAll-atomへ
2025〜2026年のタンパク質生成研究では、生成対象がさらに細かくなっています。
大まかな変化は、次のように整理できます。
2023年頃:Backbone generation
2024〜2025年頃:Backbone + Sequence generation
2025〜2026年頃:All atoms + Sequence + Target interaction
つまり、タンパク質の主鎖構造だけでなく、アミノ酸配列や側鎖原子、標的分子との相互作用まで含めて生成する方向です。
Proteina:Flow Matchingによる構造生成
この流れの代表例の一つが、NVIDIAのProteinaです。
Proteinaは、diffusionに近い生成モデルの枠組みであるflow matchingを利用した、タンパク質backbone生成モデルです。
数千万規模のsynthetic structuresまで学習データを拡張し、最大約800残基のdesignable backbone generationを報告しています。
ProteinaはICLR 2025でOralに選ばれています。[10]
ここでは、3次元構造生成の能力を大規模データと新しい生成手法によって高める方向が追究されています。
12. La-Proteina:配列・主鎖・側鎖を同時に生成する
さらに2026年には、La-Proteinaが登場しました。
La-Proteinaは、ICLR 2026で発表されたall-atom protein generationの研究です。[11]
La-Proteinaでは、次の情報を共同で生成します。
- Amino acid sequence
- Protein backbone
- Side-chain atoms
モデルは、Cα backboneを明示的な3次元座標で扱いながら、アミノ酸の種類と側鎖の幾何情報をlatent representationとして扱います。
そして、partially latent flow matchingによって生成を行います。
Fully atomistic generationへ
La-Proteinaでは、最大800残基までのfully atomistic joint sequence–structure generationや、active-site motif scaffoldingを報告しています。
この研究をEvoDiffと比較すると、非常に対照的です。
EvoDiffは、次のようなアプローチでした。
$$ \boxed{\text{Sequence only}} $$
一方、La-Proteinaでは、次のようなアプローチを採用しています。
$$ \boxed{\text{Sequence + Every atom}} $$
タンパク質を配列だけで表現する方向から、原子レベルで構造と配列を統合して生成する方向へ、研究が広がっていることがわかります。
13. 2026年の重要な潮流:Binder Design
2026年のタンパク質生成研究で、特に重要になっているテーマの一つがbinder designです。
Binder designは、特定の標的分子に結合するタンパク質を設計する問題です。
概念的には、次のような設計になります。
$$ \text{Target}\rightarrow\text{Protein binder} $$
このタスクは、創薬やタンパク質医薬品開発と直接関係する重要な応用分野です。
Proteina-Complexa:生成と探索の統合
2026年のProteina-Complexaは、fully atomistic generative modelを利用したタンパク質設計の研究です。
このモデルでは、生成した候補に対して、構造予測スコアなどを利用したtest-time searchやoptimizationを組み合わせています。
従来の単純な生成モデルでは、学習済みモデルから候補をサンプリングすることが中心でした。
一方、Proteina-Complexaでは、概念的に次のような過程を重視しています。
Generate → Evaluate → Search → Improve
つまり、候補を生成するだけでなく、生成後の評価や探索によって、さらに改善するという考え方です。
著者らは、従来別のアプローチとして扱われてきたgenerative designとstructure-predictor hallucination/searchを統合する研究として位置づけています。
Proteina-Complexaは、ICLR 2026でOralに選ばれています。[12]
このように、タンパク質生成モデルは、単に新しい配列や構造を出力するだけでなく、評価と探索を組み合わせた設計システムへと発展しつつあります。
14. BoltzGen:Structure PredictionとProtein Designを統合する
2026年時点で、もう一つ注目すべき研究がBoltzGenです。
BoltzGenのbioRxiv論文は、2026年6月に更新されています。[13]
BoltzGenは、all-atom diffusion modelを利用して、structure predictionとprotein designを統合する方向の研究です。
$$ \boxed{\text{Structure Prediction + Protein Design}} $$
BoltzGenでは、生成対象を従来のprotein–protein interactionだけに限定せず、幅広い分子や標的へ拡張しています。
対象には、次のようなものが含まれます。
- Protein
- Peptide
- Nanobody
- Small molecule
- Disordered protein region
Wet-lab validationの重要性
BoltzGenの特徴の一つは、実験的な検証が充実していることです。
論文では、26種類の標的にまたがる8つの実験キャンペーンを報告しています。
また、未知性の高い標的に対して、nMレベルの結合能を持つbinderなどが示されています。[13]
これは、タンパク質生成研究全体の評価方法が変化していることを象徴しています。
2023年頃には、生成したタンパク質がAlphaFoldなどの構造予測モデル上で、想定した構造を形成しそうかどうかが重要な評価指標の一つでした。
一方、最近の研究では、実際にタンパク質を作製し、結合能や生物学的な機能まで検証する方向が強まっています。
つまり、次のような変化です。
生成したタンパク質が構造予測上でfoldしそうか
から、
実際に作製して、結合や機能まで確認できるか
という方向です。
この変化は、タンパク質生成AIを医薬品開発などの実用的な設計技術へ近づけるうえで重要です。
15. EvoDiff自身も2026年にアップデートされている
EvoDiffについて、もう一つ見落とされやすい点があります。
それは、この研究が2023年のpreprintだけで終わっていないことです。
EvoDiffは、2026年8月24日にeLifeのReviewed Preprintとして新しい版が公開されています。[14]
この版では、計算上の評価だけでなく、実際の実験による検証が追加されています。
実験的な評価
検証対象には、次のようなものが含まれます。
- Generated proteinsの発現
- Protein folding
- Secondary structure
- Intrinsically disordered mitochondrial targeting signals
- Metal-binding proteins
- Protein binders
eLifeのassessmentでも、EvoDiffはタンパク質配列生成のためのorder-agnostic diffusion foundation modelとして位置づけられています。[14]
つまり、EvoDiffは2023年に提案された生成モデルですが、その後も実験的な検証が進められています。
そのため、2026年時点でEvoDiffを理解する場合には、2023年の初期preprintだけでなく、2026年のReviewed Preprintも参照することが重要です。
16. タンパク質生成研究の歴史を一本の流れとして整理する
ここまで紹介した研究を大まかな流れとして整理すると、次のようになります。
DeepSequence / UniRep
進化配列データから、生物学的に重要な制約や特徴を学習できることを示しました。
↓
ProGen / ProtGPT / ESM
タンパク質を言語として扱い、配列を直接生成する方向へ発展しました。
↓
ProteinMPNN
3次元構造から、その構造に適合する配列を生成するinverse foldingが実用的になりました。
↓
RFdiffusion / Chroma(2023年)
Diffusion modelを利用して、タンパク質の3次元backboneそのものを生成する研究が進展しました。
↓
EvoDiff(2023年)
Diffusionの生成対象を3次元構造ではなく配列にすることで、大規模な進化配列データを直接利用できることを示しました。
↓
DPLM(2024年)
Sequence diffusionを、生成と表現学習の両方に利用できる汎用的なProtein Language Modelへと発展させました。
↓
ESM3 / DPLM-2(2024〜2025年)
配列だけでなく、構造や機能も同時に生成するmultimodal modelへと発展しました。
↓
Proteina / La-Proteina(2025〜2026年)
Flow matchingを利用した、大規模な構造生成やall-atom generationが進展しました。
↓
BoltzGen / Proteina-Complexa(2026年)
標的との相互作用まで含めたall-atom designに加えて、test-time searchやwet-lab validationを重視する方向へ進んでいます。
研究の流れを表で比較する
| 時期 | 代表的なモデル | 主な生成・学習対象 | 研究の方向性 |
|---|---|---|---|
| 2017〜2019年頃 | DeepSequence、UniRep | タンパク質配列 | 進化配列からの表現学習・統計モデル |
| 2020〜2023年頃 | ProGen、ProtGPT、ESM | タンパク質配列 | Protein Language Modelによる直接生成・学習 |
| 2022〜2023年頃 | ProteinMPNN | 構造から配列 | Inverse folding |
| 2023年 | RFdiffusion、Chroma | 3D backbone | 構造ベースのdiffusion generation |
| 2023年 | EvoDiff | 進化配列 | Sequence-first diffusion |
| 2024年 | DPLM | 配列 | Sequence diffusion foundation model |
| 2024〜2025年 | ESM3、DPLM-2 | 配列・構造・機能 | Multimodal generation |
| 2025〜2026年 | Proteina、La-Proteina | Backbone・配列・原子構造 | Flow matching・all-atom generation |
| 2026年 | BoltzGen、Proteina-Complexa | 原子構造・標的との相互作用 | Target-conditioned design・生成と探索の統合・実験検証 |
これらは、それぞれの技術が直線的に置き換わったことを意味するものではありません。
配列ベースの研究と構造ベースの研究が並行して発展し、最近ではそれらの考え方を統合する方向へ進んでいる、と理解するのが適切です。
17. まとめ:EvoDiffは研究史の中でどのように位置づけられるのでしょうか
EvoDiffを一文で位置づけるなら、次のように表現できます。
EvoDiffは、「protein diffusion = 3D structure generation」になりつつあった2023年に、進化配列そのものをdiffusionの生成空間にすることで、sequence-first protein designというもう一つの道を成立させた研究です。
その後、EvoDiffの発想はDPLMなどへ発展し、sequence diffusionをより汎用的なFoundation Modelとして利用する研究につながりました。
一方、現在の最先端研究は、sequence-onlyではなく、配列・構造・機能・相互作用を統合したmultimodal modelやall-atom generative modelへと進んでいます。
したがって、EvoDiffは歴史的に重要な研究ですが、2026年時点で「sequence-onlyが最も優れた設計方法である」と結論づけることはできません。
むしろ重要なのは、EvoDiffが示した「進化配列データの規模を活用する」という考え方と、RFdiffusionなどが示した「3次元geometryを直接扱う」という考え方が、後続研究で合流しつつあることです。
DPLM-2、ESM3、La-Proteina、BoltzGenなどの研究は、その流れを示す代表例といえます。
また、タンパク質生成AIの評価方法も、計算機上での構造予測だけでなく、実際のタンパク質発現、結合能、機能の検証へと発展しています。
この変化は、医薬品開発における生成AIの活用を考えるうえでも重要です。
EvoDiffの研究史的な価値は、「配列がすべてである」と証明したことではありません。
配列そのものを生成空間として扱うことで、構造生成とは異なる可能性を切り開き、その後の統合的なタンパク質生成モデルの発展に重要な道筋を示したことにあります。
参考文献
[1] Riesselman et al., “Deep generative models of genetic variation capture the effects of mutations,” Nature Methods, 15, 816–822, 2018. https://www.nature.com/articles/s41592-018-0138-4.pdf
[2] Alley et al., “Unified rational protein engineering with sequence-based deep representation learning,” Nature Methods, 16, 1315–1322, 2019. https://www.nature.com/articles/s41592-019-0598-1
[3] Madani et al., “Large language models generate functional protein sequences across diverse families,” Nature Biotechnology, 41, 1099–1106, 2023. https://preview-www.nature.com/articles/s41587-022-01618-2.pdf
[4] Ingraham et al., “Illuminating protein space with a programmable generative model,” Nature, 623, 1070–1078, 2023. https://www.nature.com/articles/s41586-023-06728-8
[5] Alamdari et al., “Protein generation with evolutionary diffusion: sequence is all you need,” bioRxiv, 2023. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.09.11.556673v1
[6] Alamdari et al., “Protein generation with evolutionary diffusion: sequence is all you need,” bioRxiv, revised preprint, 2023. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.09.11.556673v2.full
[7] Wang et al., “DPLM: A Diffusion Protein Language Model,” Proceedings of the 41st International Conference on Machine Learning (ICML), 2024. https://arxiv.org/abs/2402.18567
[8] “DPLM-2: A Multimodal Diffusion Protein Language Model,” International Conference on Learning Representations (ICLR), 2025. https://proceedings.iclr.cc/paper_files/paper/2025/hash/57c30b677add9aa78e1745f0643104d0-Abstract-Conference.html
[9] Hayes et al., “Simulating 500 million years of evolution with a language model,” Science, 387, 850–858, 2025. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39818825/
[10] “Proteina: Scaling Flow-based Protein Structure Generative Models,” International Conference on Learning Representations (ICLR), 2025. https://proceedings.iclr.cc/paper_files/paper/2025/hash/f4e9121ad30cd4e5528042fbfd835b3f-Abstract-Conference.html
[11] “La-Proteina: Atomistic Protein Generation with Partially Latent Flow Matching,” International Conference on Learning Representations (ICLR), 2026. https://research.nvidia.com/publication/2026-01_la-proteina-atomistic-protein-generation-partially-latent-flow-matching
[12] “Proteina-Complexa,” International Conference on Learning Representations (ICLR), 2026. https://proceedings.iclr.cc/paper_files/paper/2026/hash/639d992f819c2b40387d4d5170b8ffd7-Abstract-Conference.html
[13] “BoltzGen,” bioRxiv, revised preprint, 2026. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2025.11.20.689494v2.full
[14] Alamdari et al., “Protein generation with evolutionary diffusion: sequence is all you need,” eLife, Reviewed Preprint, 2026. https://elifesciences.org/reviewed-preprints/112029.pdf