対象読者

  • バイオバンクやゲノム医療に関心があり、日本の代表的な研究基盤であるバイオバンク・ジャパン(BBJ)の成り立ちや現状を知りたい方
  • UK BiobankとBBJの違いを理解し、それぞれの研究上の強みや限界を知りたい研究者、医療関係者、ライフサイエンス関連企業の方
  • 大規模な医療データ・生体試料の研究利用、参加者との関係構築、研究インフラの持続可能性に関心がある方

要約

  • バイオバンク・ジャパン(BioBank Japan:BBJ)は、2003年に日本の「オーダーメイド医療」の実現を目指して設立された、世界最大級の疾患バイオバンクです。
  • UK Biobankが一般住民の長期追跡を重視するのに対し、BBJは疾患を持つ患者を多数登録し、遺伝情報と詳細な臨床情報を結びつける研究基盤として発展してきました。
  • 2026年4月1日時点で約27万人の患者、51疾患、約44万症例の情報を蓄積し、ゲノム研究、疾患の病態解明、リスク予測などに貢献しています。
  • 現在は、全ゲノム解析やマルチオミックス解析の拡充、研究資源の利活用促進、参加者との双方向の関係構築、他バイオバンクとの連携が進められています。
  • 今後は、膨大な試料・情報を持続可能で利用しやすい研究基盤へ進化させ、研究成果を診断・予防・治療・創薬へ結びつけることが重要です。

1. バイオバンク・ジャパン(BBJ)とは何か

バイオバンク・ジャパン(BioBank Japan:BBJ)は、2003年に日本の「オーダーメイド医療」の実現を目指して設立された、世界最大級の疾患バイオバンクです。

英国のUK Biobank(UKB)とほぼ同時期に構想されましたが、両者の設計思想には大きな違いがあります。

  • UK Biobankは、一般住民を長期間追跡し、遺伝要因・生活習慣・環境要因と疾病発症の関係を解明することに重点を置いた研究基盤です。
  • BBJは、すでに疾患を持つ患者を多数登録し、遺伝情報と詳細な臨床情報を結びつけて、疾患の原因解明、バイオマーカー探索、治療法開発を進めることを重視しています。

BBJは、当初の研究プロジェクトから、20年以上にわたり継続する全国規模の研究インフラへと発展しています。

BBJの基本情報

2026年4月1日時点のBBJ公式公表値によると、研究基盤の規模は次のとおりです。[1][2]

項目 規模
設立・事業開始 2003年
登録患者数 約27万人
対象疾患数 51疾患
累積登録症例数 約44万症例

約44万症例は44万人を意味するものではありません。複数疾患を持つ患者の重複が含まれています。

BBJの発展は、大きく3段階に分けて理解できます。

  1. 2003~2012年:構築と遺伝子探索
    患者のDNA、血清、臨床情報を大規模に収集し、疾患関連遺伝子の探索研究を推進しました。

  2. 2013~2022年:拡大と研究資源の活用
    第2コホートの追加、追跡情報の蓄積、ゲノムデータ化、外部研究者・企業への提供を推進しました。

  3. 2023年以降:高度化と双方向化
    全ゲノム解析、マルチオミックス、他バイオバンクとの連携、参加者との継続的なコミュニケーションを強化しています。

現在の重要課題は、単にサンプル数を増やすことではなく、既存の膨大な試料・情報を、持続可能で利用しやすく、臨床的価値の高い研究基盤へ進化させることだと考えられます。

この評価は、BBJが公表する第5期方針と、AMEDの研究基盤整備方針に基づいています。[1][4]

2. BBJはどのように構想され、発足したのか

2.1 ヒトゲノム解読からオーダーメイド医療へ

2000年代初頭、ヒトゲノム計画によって人間の遺伝情報の全体像が明らかになりつつありました。

この時期、医学研究の重要な方向性として、個人ごとの遺伝的差異を解明し、病気のなりやすさや薬剤への反応を予測する「オーダーメイド医療」が注目されました。

しかし、遺伝子の配列情報だけでは、実際の疾患に関連する遺伝的要因を十分に明らかにできません。

そのためには、多数の患者について、DNAと実際の診療情報を結びつける必要があります。

日本では、この課題に対応するため、文部科学省の国家的な研究事業として、2003年4月に「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」が開始され、東京大学医科学研究所にBBJが設立されました。[1][3]

2.2 BBJの当初の設計思想

BBJの特徴は、最初から一般住民全体を代表する集団を作るのではなく、疾患を持つ患者を集中的に集める方式を採用したことです。

第1期の目標は、全国の医療機関の協力により、47疾患を対象に約20万人の患者からDNA・血清・臨床情報を収集することでした。

疾患ごとの症例を十分に集めることで、疾患関連遺伝子や薬剤応答に関連する遺伝的変異を、統計的に高い検出力で探索することが可能になります。

2003~2007年度には、12の協力医療機関・65施設を通じて、実際に約20万人の登録が実現しました。[1][3]

したがって、BBJは「健康な集団を追跡して将来の発症を調べる仕組み」というより、病院を起点に、多数の患者の遺伝情報と病態を結びつける研究基盤として出発したと言えます。

3. 設立から現在までの発展の経緯

3.1 2003~2007年度|第1期:研究基盤の構築

BBJは「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」として開始されました。

47疾患、約20万人の患者を登録し、DNA、血清、臨床情報を収集しました。

この時期の中心的な成果は、大規模な疾患別患者コホートと生体試料保存体制を構築したことです。[1][3]

3.2 2008~2012年度|第2期:情報の蓄積と遺伝子探索

第2期では、新規登録者の大幅拡大よりも、既存参加者の血清、臨床情報、予後情報の収集と解析を重視しました。

ゲノムワイド関連解析(GWAS)による疾患感受性遺伝子や薬剤応答関連遺伝子の探索が進みました。[1]

3.3 2013~2017年度|第3期:第2コホートの構築

第3期では、新たに約6.7万人の患者を登録しました。

新規募集の対象は38疾患で、既存の対象疾患と重複する疾患も含まれます。

2014年には血清・血漿保存施設や組織バンクを追加し、2015年からはがん臨床研究グループからの試料受け入れも開始しました。[1]

3.4 2018~2022年度|第4期:「収集」から「利活用」への転換

第4期では、約26.7万人・51疾患に拡大した研究資源を活用し、DNA、血清、臨床情報の提供と、ゲノムデータ化を推進しました。

2018年度からはAMEDの関連事業の下、研究資源を多くの研究者に利用してもらうバイオバンクとしての機能強化が進められました。[1][4]

3.5 2023年以降|第5期:マルチオミックス化と双方向化

第5期では、ゲノム解析だけでなく、血中代謝物やタンパク質などのオミックス情報を統合する研究基盤の整備が進んでいます。

また、2024年11月に参加者向けサイト「みんなのBBJ」を公開し、2025年1月から既存参加者を対象とする双方向バイオバンクプロジェクトの募集を開始しました。[1][6]

3.6 2026年度|全国的な研究基盤連携の深化

AMEDでは、従来のB-cureを改組した「B-cure NEXT」が2026年4月に開始されました。

BBJを含む国内の主要バイオバンクを連携させ、ゲノム、オミックス、臨床情報を統合して創薬・診断の実用化につなげる方向性が明確になっています。[5]

3.7 BBJの役割はどう変わってきたか

これらの経緯から分かる重要な点は、BBJが単なる患者試料の保管施設ではなく、時代ごとの技術進歩と研究ニーズに応じて役割を変化させてきたことです。

当初は「DNAを集めて疾患関連遺伝子を見つけること」が中心でしたが、現在は「臨床・ゲノム・オミックス情報を統合し、幅広い研究に利用できるプラットフォームにすること」が主要な方向性となっています。

4. BBJの現在の規模と研究基盤としての特徴

4.1 保有する研究資源

2026年4月1日時点のBBJ公式公表値では、次のような研究資源が蓄積されています。[2]

項目 規模
登録患者 約27万人
対象疾患 51疾患
登録症例 約44万症例
DNA試料 約80万本(約27万人分)
血清試料 約170万本(約20万人分)
SNPデータ 約27万人
全ゲノム解析 約1.6万人
メタボローム 約43,830人
プロテオーム 約3,050人

DNA・血清は保存本数を、ゲノム・オミックスは解析対象者数を示しており、単位が異なります。

特筆すべきは、約27万人分のSNP情報が整備されている一方、全ゲノム解析やプロテオーム解析は対象者が限定されていることです。

これはBBJにとって、既存資源を追加解析することで研究価値をさらに高められる余地が大きいことを意味します。

4.2 特徴①:病院を起点とした疾患バイオバンク

患者は参加医療機関を通じて登録され、診断名や検査値、治療歴などの臨床情報と生体試料が結びついています。

このため、生活習慣病、がん、自己免疫疾患など、特定疾患を深く研究する用途に適しています。

一方、一般住民から無作為抽出された集団ではないため、研究結果を日本人全体へ一般化する際には注意が必要です。[3]

4.3 特徴②:同一患者について長期間の追跡情報を持つ

BBJは横断的なサンプル収集だけでなく、継続的な臨床情報収集や予後調査を行ってきました。

2017年の公表研究では、第1コホートの32疾患を対象とした予後追跡について、追跡率97%、平均追跡期間7.7年が報告されています。

現在の公式資料では、平均追跡期間が10年以上とされています。[2][3]

これにより、遺伝的要因と疾患の進行、死亡リスク、治療後の経過などを結びつける研究が可能になります。

4.4 特徴③:東アジア、とくに日本人のゲノム研究に強い

ゲノム研究は歴史的に欧州系集団のデータに偏ってきました。

BBJは、大規模な日本人患者データを利用できる重要な研究資源です。

日本人集団に特徴的な遺伝的変異の同定、疾患リスク推定モデルの検証、海外のバイオバンクとの比較研究に大きな価値があります。

4.5 特徴④:蓄積試料を新技術で再解析できる

大規模に保管されている血清やDNAを活用して、開設当初には普及していなかった全ゲノム解析やマルチオミックス解析を実施できることも大きな強みです。

4.6 特徴⑤:学術研究だけでなく企業への提供も可能

BBJは、一定の審査基準を満たした研究について、大学・研究機関だけでなく民間企業への試料・情報提供を行っています。

また、品質マネジメントと情報セキュリティの体制を整備しており、研究用途での継続的な活用を支えています。[2][4]

5. BBJはどのような研究成果を生み出したか

BBJの公式発表によれば、2025年12月末までにBBJの試料・情報を利用した学術論文は累計509本、外部研究機関や公開データの二次利用まで含めると600本を超えています。[1]

代表的な成果として、2024年の研究を2件紹介します。

5.1 日本人集団に特徴的な遺伝的変異の発見

2024年の Nature Genetics 論文では、BBJ参加者を含む約26万人の日本人データを用い、63の量的形質について4,423の有意な遺伝子座を特定しました。

このうち601は新規の発見です。

この研究は、日本人に適したゲノム参照パネルと統計解析を使う重要性を示しています。

5.2 2型糖尿病の遺伝的リスク予測の改善

2024年の Nature Genetics 論文では、BBJとUK Biobankのデータを組み合わせ、BMIによる層別化が2型糖尿病のポリジェニック・リスク・スコア(PRS)の予測精度を改善できることを示しました。

条件によって最大37%の改善が報告されています。

これは日本と英国のバイオバンクを相補的に利用した具体例でもあります。

5.3 研究成果と臨床実装の違い

これらの成果は、疾患関連遺伝子の探索を超え、個別化医療に必要なリスク予測や疾患メカニズムの解明へ研究が進んでいることを示しています。

ただし、研究成果が論文になったことと、実際に診療で利用される診断法・治療法として実装されたことは区別する必要があります。

6. UK Biobankとの比較

BBJの強みと限界を理解するには、UK Biobankとの比較が非常に有用です。

6.1 BBJとUK Biobankの基本的な違い

比較項目 BBJ UK Biobank
設立 2003年 2003年
主な運営主体 東京大学医科学研究所 UK Biobank(英国の慈善研究機関)
主な対象 特定疾患を持つ患者 募集時40~69歳の一般住民ボランティア
参加者数 約27万人 約50万人
基本的な研究設計 疾患ベースの病院コホート 一般住民ベースの前向きコホート
主要な強み 多数の疾患症例、臨床情報、日本人ゲノム 多様な健康情報、長期追跡、画像・遺伝情報
主な研究目的 疾患の病態解明、ゲノム医療、創薬 疾患発症リスク、予防医学、幅広い生物医学研究
現在の重点 オミックス化、利活用、双方向化 データの深化、画像・ゲノム情報の拡充、長期追跡

両者とも研究内容は多様化しており、この表は主な設計上の違いを示したものです。[1][3]

6.2 研究設計の基本思想

両者の研究設計を簡略化すると、次のようになります。

BBJの場合

  1. 疾患を持つ患者を医療機関を通じて登録します。
  2. DNA・臨床情報・血清などを収集します。
  3. 疾患の病態解明や治療研究に活用します。

UK Biobankの場合

  1. 一般住民ボランティアを登録します。
  2. ゲノム・生活習慣・画像・診療情報などを収集します。
  3. 疾病発症リスクや予防に関する研究に活用します。

これは研究設計の基本思想を簡略化したものです。実際には両者とも幅広い研究に利用されています。

6.3 BBJとUK Biobankは相補的な研究基盤

重要なのは、BBJとUK Biobankがどちらか一方で他方を代替する関係ではないことです。

例えば、糖尿病について、BBJで患者の病態や遺伝的特徴を詳しく解析し、UK Biobankで一般住民における将来的な発症リスクや生活習慣との関連を検証するといった相補的な利用が可能です。

7. BBJが現在直面している課題

BBJの発展を考えるうえでは、研究資源の規模や学術的成果だけでなく、現在の課題を理解することも重要です。

以下では、BBJやAMEDが明示している改善課題と、研究設計・公開データから導かれる分析上の課題を分けて整理します。

7.1 課題①:疾患コホートに固有の選択バイアス

研究設計上の重要課題です。

BBJの参加者は、特定の医療機関を受診し、対象疾患を持つ患者から集められています。

そのため、一般住民の健康状態や疾患分布を、そのまま代表しているわけではありません。

2017年の研究では、第1コホート登録時の平均年齢が男性62.7歳、女性61.5歳と報告されています。

登録者には、既に疾患を発症し治療を受けていた患者も含まれます。[3]

主な問題は次のとおりです。

  • 医療機関を受診する患者に偏るため、軽症者や未診断者を十分に代表しない可能性があります。
  • 疾患発症後に登録された場合、発症前の環境・生活習慣を十分に把握しにくいという問題があります。
  • 特定の疾病群や年齢層で得られた結果を、健康な人や若い人へ適用する際には追加検証が必要です。

これはBBJの設計上の欠陥というより、疾患患者を効率的に集める方式に伴うトレードオフです。

今後は、住民コホート型バイオバンクとの連携がますます重要になると考えられます。

7.2 課題②:長期運営による参加者の高齢化と継続的な関係維持

この課題については改善が進められています。

BBJの初期登録から既に20年以上が経過しています。

参加者の高齢化、死亡、転院、通院終了、連絡先変更などにより、既存参加者との継続的な関係維持が難しくなります。

この問題への対応として、BBJは2024年11月に「みんなのBBJ」を公開しました。

2025年1月からは、次の3病院で、条件に該当する既存参加者を対象とした新たな双方向プロジェクトの募集を開始しています。[6]

  • 順天堂大学医学部附属順天堂医院
  • 湘南鎌倉総合病院
  • 日本医科大学付属病院

2026年11月時点で確認できる公開サイト上でも、募集対象はこの3病院となっています。

この取り組みの意味は大きく、従来の「試料を提供してもらう」という関係から、研究への継続参加、健康・生活習慣情報の更新、研究成果の共有を行う関係への転換が始まっています。

ただし、現段階で全国の27万人すべてが双方向システムを利用できるわけではありません。

7.3 課題③:試料保存から高付加価値データへの転換

第5期の主要テーマです。

BBJは膨大なDNA・血清試料を保管していますが、2026年4月時点では全ゲノム解析やプロテオーム解析が全参加者に実施されているわけではありません。

例えば、約27万人の登録患者に対して、全ゲノム解析は約1.6万人、プロテオーム解析は約3,050人と公表されています。[2]

登録患者数を約27万人として、各解析の対象者数の比率を概算すると、次のようになります。

解析項目 対象者数 登録患者数に対する比率(概算)
SNP 約27万人 100%
メタボローム 約43,830人 16.2%
全ゲノム 約1.6万人 5.9%
プロテオーム 約3,050人 1.1%

これらは公式公表の概数を基にした計算です。分母は約27万人としており、SNPの100%は公式の概数同士を比較したものです。

また、解析対象者には重複があり、各データの利用可能範囲・品質は一様ではありません。

既存の保存試料から大量の追加情報を得られる一方で、解析費用、品質管理、研究目的に応じた対象者選択、異なる測定手法間の標準化が課題になります。

特にマルチオミックス解析では、データ数を増やすだけでなく、臨床情報と結びつけて再現性のある研究成果を生み出すことが重要です。

7.4 課題④:データ利用の容易さと安全性の両立

BBJでは、匿名化・識別子管理、審査、情報セキュリティ対策を通じて試料・情報を研究者に提供しています。

一方、利用者の立場からは、次のような情報が重要です。

  • どのような試料・データが存在するか
  • 試料・データの品質や付帯情報は何か
  • 利用開始までにどの程度の手続きが必要か

AMEDは、BBJの利活用促進に関して、研究者視点での試料検索の利便性・スピードの向上、品質情報・付帯臨床情報の明示を具体的な改善項目として掲げています。[4]

つまり、単にデータを持っているだけでは不十分です。

適切な研究者が、必要なデータを、適切な手続きで効率的に利用できる仕組みが競争力を左右します。

7.5 課題⑤:持続可能な運営・費用負担

大規模バイオバンクには、次のような継続的なコストが発生します。

  • 試料の長期保存
  • 設備更新
  • データ管理
  • セキュリティ
  • 研究者への提供
  • 参加者との連絡

BBJは当初、期間を区切った国家的研究プロジェクトとして始まりましたが、現在は20年以上維持する研究インフラとなっています。

このような基盤では、研究成果や利用実績を示しながら、安定的な資金と人員を確保することが不可欠です。

AMEDが研究資源の分譲目標、利用促進、研究事業の中間評価を設定していることは、バイオバンクの成果や継続的な有用性を評価する必要性を反映していると考えられます。[4]

ただし、公開情報だけでは、BBJ単独の長期収支、将来の財政不足額、保存設備の更新負担を定量的に評価することはできません。

この点は、運営上の構造的課題として位置づけるのが適切です。

7.6 課題⑥:研究成果を実際の医療にどう還元するか

BBJは学術研究では多数の成果を生み出してきました。

今後、さらに問われるのは、それらの成果がどのように診断、予防、治療、創薬に役立つかという点です。

例えば、日本人に最適化された遺伝的リスク予測モデルを開発しても、臨床現場で使用するには、次のような検討が必要になります。

  • 予測精度の外部検証
  • 臨床的な有用性の確認
  • 費用対効果の検討

BBJの第5期で掲げられているマルチオミックス化や双方向化、AMEDのB-cure NEXTによる創薬・診断への展開は、この課題と密接に関係しています。[1][5]

7.7 課題⑦:同意の更新、参加者への情報還元、倫理的課題

ゲノムデータは個人に関する機微性の高い情報であり、長期間保管され、将来の新しい研究用途にも利用されます。

20年前の研究開始時には十分に想定されていなかった解析技術や研究用途も登場しています。

そのため、次のような事項が重要になります。

  • 当初の同意内容と現在の研究利用範囲の整合性
  • 参加者に対する情報提供
  • 同意撤回の扱い
  • 研究結果の返却

BBJは「みんなのBBJ」を通じて、参加者による登録情報の確認、研究成果の共有、研究への参加取り止めなどの機能を整備しています。[6]

こうした対応は、研究参加者の信頼を長期的に維持するための重要な取り組みと言えます。

8. 現在の課題をどう優先順位づけるべきか

公開資料に基づく分析では、今後のBBJの発展に特に重要な課題は次の5点です。

課題 重要度 今後求められる対応
既存データの高度化 非常に高い 全ゲノム・マルチオミックス解析と臨床情報の統合
研究資源の利活用促進 非常に高い データ検索、提供手続き、品質情報の標準化
参加者との継続的な関係 高い 双方向プラットフォームの拡大、継続同意と情報還元
他バイオバンクとの連携 高い 異なるコホート間のデータ標準化、外部検証
持続可能な運営 高い 長期的な資金確保、価値評価、設備・人材維持

重要度は本記事での評価であり、BBJの公式順位ではありません。

特に注目したいのは、BBJが、既存の保存試料の価値を高める方向と、研究参加者との関係を継続的に深める方向を同時に進めていることです。

両者は相補的です。

保存試料の追加解析によって研究できる項目が増え、参加者との継続的な関係によって新しい健康・生活習慣情報を得られれば、臨床的な研究価値をさらに高められます。

9. 今後の展望と総合評価

9.1 BBJの20年以上の歴史に見る3つの転換

BBJの20年以上の歴史は、3つの大きな転換として理解できます。

第1段階:試料を集める

大規模な疾患患者コホートを構築する段階です。

第2段階:試料・情報を研究に使う

遺伝子探索、ゲノム解析、研究者・企業への提供を進める段階です。

第3段階:臨床・オミックス・参加者をつなぐ

創薬・診断への展開、継続的な情報更新、医療への還元を目指す段階です。

これらの転換は、研究基盤の価値が単なる試料の保有量ではなく、試料や情報の活用方法と、その成果をどのように社会へ還元するかに移っていることを示しています。

9.2 UK Biobankと同じものを目指す必要はない

UK Biobankと比較した場合、BBJが必ずしも目指すべきではないのは、UK Biobankと全く同じ構造を持つことです。

むしろ、BBJが持つ日本人を中心とする大規模患者データ、詳細な疾患情報、保存試料といった固有の強みを深め、住民コホート型の研究資源と連携する方が、研究上の価値を発揮できると考えられます。

国内では、東北メディカル・メガバンク計画(TMM)やナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(NCBN)との連携がその重要な方向性です。

2026年度開始のB-cure NEXTでも、こうした連携が明示されています。[5]

9.3 BBJの今後の成功を何で測るか

総合すると、BBJは「大規模な患者由来サンプルの収集」という初期目標を達成し、現在はそれを長期的に使えるゲノム医療・創薬研究のインフラへ転換している段階にあります。

その成功を今後測る際には、登録患者数や保有試料数だけでなく、次のような項目を見ることが重要です。

  • 実際のデータ利用状況
  • 国際共同研究への貢献
  • 創薬・診断への応用
  • 参加者への還元

BBJの価値を評価するうえでは、「どれだけ多くの試料を保有しているか」だけでなく、「保有する試料・情報が、どれだけ実際の研究や医療に役立っているか」という視点が重要になります。

10. まとめ:BBJの強みを生かした持続可能な研究基盤へ

BBJは、2003年に日本のオーダーメイド医療の実現を目指して設立されました。

当初は47疾患、約20万人の患者登録を目標に、疾患関連遺伝子の探索を中心とした研究基盤として発展しました。

その後、第2コホートの構築、長期追跡情報の蓄積、研究資源の外部提供、ゲノム・オミックス解析の高度化などを通じて、研究インフラとしての機能を拡充してきました。

現在は約27万人の患者、51疾患、約44万症例という規模を持ち、日本人を中心とする大規模な疾患ゲノム研究において重要な役割を果たしています。[1][2]

一方で、疾患コホート固有の選択バイアス、参加者の高齢化、データ利用の利便性、運営の持続可能性、研究成果の臨床実装など、複数の課題があります。

これらは単独で解決できるものばかりではありません。

保存試料と臨床情報の高度化、参加者との双方向の関係構築、国内外のバイオバンクとの連携を進めることが重要になります。

特に、UK Biobankのような住民コホート型の研究基盤とは、競合するというより、互いの特徴を補完し合う関係にあります。

BBJの持続的な発展には、大規模な患者由来試料・情報という独自の強みを生かしながら、研究者にとって利用しやすく、参加者にとって信頼でき、医療や創薬への価値を生み出す研究基盤へ進化させることが求められます。

今後さらに踏み込んで調べる価値が高いのは、次の2つのテーマです。

  1. BBJとUK Biobankの資金調達・運営費・データ提供ビジネスモデルの比較
  2. BBJが保有する研究資源を、企業の創薬・診断開発にどの程度結びつけているか

これらを分析すると、BBJの持続可能性と今後の発展可能性をより具体的に評価できます。

なお、本記事は2026年11月4日を調査基準日とし、公式公開資料と代表的な学術論文に基づいて整理したものです。

個々の研究者の現場経験、非公開の運営費用、利用申請の実際の所要期間、参加者の満足度などについては、公開情報だけでは十分に検証できていません。

参考文献

[1] バイオバンク・ジャパン, 「これまでのあゆみ」, BBJ公式サイト. https://biobankjp.org/about/707

[2] バイオバンク・ジャパン, 「試料・情報一覧」, BBJ公式サイト. https://biobankjp.org/researchers/488

[3] Nagai A, Hirata M, Kamatani Y, et al., “Overview of the BioBank Japan Project: Study design and profile,” Journal of Epidemiology, 27(3 Suppl), S2–S8, 2017. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5350590/

[4] 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED), 「ゲノム研究バイオバンク」, AMED公式サイト. https://www.amed.go.jp/program/03005/01_001_06.html

[5] 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED), 「B-cure NEXT」, AMED公式サイト. https://www.amed.go.jp/program/03005/01_001.html

[6] バイオバンク・ジャパン, 「みんなのBBJ」, BBJ参加者向け公式サイト. https://mbbj.svc.biobankjp.org/