対象読者

  • ゲノム医療、バイオバンク、医療ビッグデータの研究開発に関心がある方。
  • UK BiobankやFinnGenなど、国家規模の医学研究プロジェクトの仕組みや成果を理解したい方。
  • 産学官連携による研究基盤の構築、ゲノム情報を活用した創薬、医療データの利活用に携わる研究者・企業関係者・政策担当者。

要約

  • FinnGenは、フィンランドの既存バイオバンクと全国医療レジストリを統合し、製薬企業との共同研究によって創薬につなげることを目的として、2017年に開始された国家規模のゲノム研究プロジェクトです。
  • 約50万人のゲノム・医療データを集めるという当初の目標を2023年に達成し、2026年現在は、疾患の発症機序、進行、治療反応性の解明を重視する第3期(FinnGen 3)に入っています。
  • UK Biobankとは異なり、既存のバイオバンク試料と国民医療レジストリを活用することで、大規模なゲノム研究基盤を効率的に構築した点が特徴です。
  • 成功の背景には、バイオバンク法、全国的な医療データ基盤、フィンランド特有の集団遺伝構造、公共研究機関と製薬企業による共同研究体制があります。
  • 今後は、研究参加者の選択バイアス、他集団への研究結果の一般化、医療レジストリ情報の限界、臨床応用、プライバシー保護、2027年以降の持続可能性などが重要な課題になります。

1. FinnGenとは何か

FinnGenは、フィンランドの既存バイオバンクと国民医療レジストリを統合し、製薬企業との共同研究によって創薬につなげることを目的として、2017年に開始された国家規模のゲノム研究プロジェクトです。[1]

約50万人のゲノム・医療データを集めるという当初の目標を2023年に達成し、現在は2027年までの第3期(FinnGen 3)に入っています。[1][2]

研究の重点は、疾患に関連する遺伝子変異の発見から、発症機序、疾患の進行、治療反応性の解明へと移っています。

FinnGenの基本情報

2026年11月4日時点での主な指標を、以下にまとめます。

項目 内容
プロジェクト開始 2017年
研究対象者 約52万人
フィンランド人口に対する割合 約1割
累積事業予算 約1億5,700万ユーロ(2026年1月時点)
最新公開GWAS 2,755の疾患エンドポイント(DF13)
プロジェクト期間 2017~2027年(第3期終了予定まで)
中心的研究機関 ヘルシンキ大学 Institute for Molecular Medicine Finland(FIMM)
主な研究目的 疾患関連遺伝子の発見、疾患機序の解明、創薬への応用

約52万人は全ゲノム型判定コホートの規模を示しています。また、2,755は2026年6月に公開されたDF13で解析された疾患エンドポイント数です。[3][4][5]

FinnGenの特徴を理解するためには、次の4点が重要です。

  1. UK Biobankと似ていますが、構築思想が異なります。 UK Biobankは参加者を大規模に募集し、詳細な身体測定・生活習慣調査を行った前向きコホートです。一方、FinnGenは既存バイオバンクの試料と全国的な医療記録を生かした、レジストリ中心の研究基盤です。
  2. 成功の前提にはフィンランド固有の制度があります。 2013年のバイオバンク法、国民レベルの医療データ、既存バイオバンク網、特徴的な集団遺伝構造が組み合わさっています。
  3. 資金調達と運営が特徴的です。 大学・公共バイオバンク・製薬企業が、研究開発の競争前段階において共同で研究課題を設定する仕組みを採用しています。
  4. 今後の課題は、データの量から質と実用性への転換です。 研究対象者の選択バイアス、レジストリ情報の限界、他集団への一般化、因果メカニズムの検証、臨床応用、プロジェクト終了後の持続可能性が論点になります。

2. FinnGenが構想され、発展してきた経緯

FinnGenは、2017年に突然生まれたプロジェクトではありません。

その成立には、フィンランドで長年にわたって整備されてきたバイオバンク制度、医療情報基盤、集団遺伝学研究の蓄積が関係しています。

2013年:制度的な基盤の成立

2013年、フィンランドでバイオバンク法が施行されました。

これによって、医療研究用試料を組織的に収集・保存・利用する枠組みが整備され、既存の病院バイオバンクや集団コホートを横断的に利用する条件が整っていきました。[6]

2017年:FinnGen正式開始・第1期

2017年8月15日、FinnGenが正式に始動しました。

ヘルシンキ大学のInstitute for Molecular Medicine Finland(FIMM)が中心となり、約50万人のゲノム型データを医療レジストリ情報と統合する計画を推進しました。

この段階から、製薬企業と公共研究機関の共同体制が採用されています。[1]

2018~2020年:試料・データ基盤の拡大

バイオバンク試料のゲノム型判定、全国レジストリとの連結、疾患定義やGWAS解析パイプラインの整備が進みました。

2020年には、一般研究者向けの解析結果公開も始まりました。[4][5]

2021~2023年:第2期・大規模遺伝子発見の本格化

研究対象人数と疾患エンドポイントが拡張されました。

2023年1月には、Nature誌に基幹論文が掲載され、フィンランド特有の遺伝構造を利用した疾患関連変異の発見成果が報告されました。[7]

2023年9月には50万人規模のデータセットを構築し、当初の収集目標を達成しました。[1]

2023~2027年:第3期・疾患機序と治療反応の解明へ

2023年8月、FinnGen 3が開始されました。

約5,200万ユーロの追加資金を確保し、疾患発症前後の経過、薬剤への反応、プロテオミクスやシングルセル解析などへ研究領域を拡大しています。[2]

2026年:データ公開と分子レベルの解析が進展

2026年6月にはDF13のGWAS解析結果、8月には1,108人を対象にした単一核マルチオーム解析結果が公開されました。[5][8]

対象人数を増やす段階から、既存対象者の追跡期間と分子情報を充実させる段階へと移っています。

なぜフィンランドで成立したのか

FinnGenは、一つの新しい巨大バイオバンクをゼロから建設するというより、国内に蓄積されていた複数の資産を接続する構想として理解できます。

その基盤となったのは、次の3つです。

1. 既存バイオバンク

病院や研究コホートが収集してきた試料とDNAを利用します。

2. 全国医療レジストリ

診療、処方、がん、死亡などの長期記録を活用します。

3. ゲノム解析技術と特徴的な集団遺伝構造

疾患関連変異の検出と解釈に、フィンランドの集団遺伝学的特徴を生かします。

これらを統合することによって、大学・バイオバンク・製薬企業が共同研究を行うFinnGenの研究基盤が構築されました。

こうした設計の背景には、以下の要素があります。

  • 法律・データ連携: バイオバンク法による試料管理の枠組みと、長期にわたる国民医療レジストリの存在です。
  • 研究基盤: FIMMや既存の疫学・集団遺伝学研究、フィンランド国内のバイオバンク網です。
  • 産業政策: 医療・ライフサイエンス分野の成長戦略、Business Finlandによる初期資金の支援です。
  • 研究上の利点: 人口史に由来する遺伝的特徴を利用して、特定の低頻度変異と疾患の関係を研究できることです。

2017年設立のFINBB(Finnish Biobank Cooperative)も、国内バイオバンクへの統一的なアクセスを実現するための制度基盤の一部になりました。[1][6]

なお、これらは構想を成立させた制度的・科学的背景を再構成したものです。

最初の発案者が誰で、どの時点で50万人構想が正式に提案されたかという細かな意思決定の経緯については、今回確認した公開資料だけでは確定できません。

3. FinnGenの特徴

3.1 研究の設計思想:UK Biobankとの比較

FinnGenとUK Biobankは、いずれも約50万人を対象とする大規模研究ですが、単に英国版とフィンランド版という関係ではありません。

データの集め方、研究への参加方法、研究基盤の運営方法に重要な違いがあります。

比較項目 FinnGen UK Biobank
開始 2017年 2003年設立、2007年から本格募集
対象者 約52万人 約50万人
対象集団 フィンランド国内のバイオバンク提供者 募集時40~69歳の住民
参加方法 既存バイオバンクの試料を利用 研究参加者を直接募集
健康情報 全国医療レジストリが中心 ベースライン調査、身体測定、質問票、医療記録
ゲノムデータ 主にSNPアレイ+インピュテーション 全参加者規模の全ゲノムシーケンス
強み 疾患症例の多さ、低頻度変異、長期医療記録 詳細な表現型、多様な生活習慣・環境情報、画像データ
研究利用 統計結果を公開、個票は許可に基づくアクセス 審査・承認された研究者が研究解析基盤を利用
企業との関係 研究設計・解析を共同で実施 企業も研究利用やデータ拡充に参加

出典:FinnGen公式資料、UK Biobank公式のHistory、Who We Are、About Our Data。[1][9][10]

ここから、研究上の大きな違いが生じます。

UK Biobankは健康状態を多角的・詳細に測り、長期追跡することに強いのに対し、FinnGenは日常診療で蓄積された情報を利用して、疾患と遺伝子の関連を大規模に解析することに強いという違いです。

3.2 フィンランド特有の集団遺伝構造

FinnGenの科学的特徴として重要なのが、フィンランド人口集団の歴史的な形成過程です。

過去の人口ボトルネックと相対的な地理的・文化的隔離によって、一部の低頻度遺伝子変異が他の欧州集団より高い頻度で存在します。

このため、他国では検出に非常に大きなサンプルサイズが必要となる変異についても、FinnGenでは統計学的に検出しやすい場合があります。

2023年のNature基幹論文では、フィンランドの集団遺伝構造が、疾患に関係するタンパク質コード領域の変異の同定に有利であることが報告されています。[7]

ただし、このメリットは裏返せば、他国への一般化が難しい場合があるということでもあります。

3.3 既存試料の再利用による効率性

FinnGenは、研究プロジェクト自身が全員を新規募集したわけではありません。

各バイオバンクが収集した試料を利用し、新たなゲノム型データを作成しました。

その際、国民医療レジストリを通じて疾患歴、医療行為、処方薬、死亡などのデータを連結します。

SNPアレイでは約70万のマーカーを測定し、参照ゲノムデータを用いたインピュテーションによって、さらに多くの変異を推定しています。

したがって、全員の全ゲノムを直接シーケンスしているわけではありません。[4][11]

この仕組みにより、大規模な新規健診センターを全国に設置することなく、ゲノムと疾患の関連研究を立ち上げられました。

3.4 公共・民間の共同研究体制

FinnGenの運営は、一般的な公的研究助成だけで構成されていません。

研究体制には、大学、病院、バイオバンク、研究機関といった公共・学術機関と、国際的な製薬企業が参加しています。

現在のコンソーシアムは、フィンランド側15機関と国際製薬企業15社、合計30パートナーで構成されています。[1]

運営組織には、主に次の役割があります。

  • Steering Committee: 最高意思決定機関として、戦略、予算、研究目標を監督します。学術・公共機関と製薬企業の代表が参加しています。
  • Scientific Committee・研究グループ: 研究計画、解析、成果創出を担います。
  • ヘルシンキ大学・FIMM: 研究主体として、実務運営やセキュアな研究環境を支えます。

このように、公共・学術機関と製薬企業が共同で研究基盤を支える仕組みが採用されています。

3.5 資金調達の特徴

資金面でもFinnGenは特徴的です。

2026年1月時点の累積事業資金は、約1億5,700万ユーロとされています。[3]

その構成を以下に示します。

資金拠出元 金額(概算)
製薬企業等 1億3,700万ユーロ
Business Finland 2,000万ユーロ
合計 1億5,700万ユーロ

出典:FinnGen公式Funding資料。[3]

この方式は、製薬企業が個別にデータを購入する仕組みとは異なります。

複数の企業が共同で基盤を支え、競争前段階の研究に参加します。

一方で、公共性と商業利用の両立、研究成果の公開時期、アクセスの公平性などを継続的に管理する必要があります。

4. これまでの成果と現在の研究

4.1 大規模GWASの研究基盤を完成

FinnGenは、2023年までに当初の対象人数目標を達成しました。

2024年11月には50万人規模のDF12の結果が公開されました。

さらに、2026年6月2日に公開されたDF13では、更新された健康レジストリ情報を利用して解析を実施しています。[5]

指標 2024年公開 DF12 2026年公開 DF13
解析対象者 500,348人 500,186人
解析変異数 約2,131万 約2,131万
疾患エンドポイント 2,502 2,755

出典:FinnGen公式Access Results。[5]

DF13ではサンプル数は大きく変わらず、疾患追跡の延長とエンドポイント拡充が進んでいます。

両リリースの解析対象人数には、品質管理等による若干の違いがあります。

4.2 2026年の重要な研究成果:免疫細胞マルチオーム研究

2026年9月30日、Nature誌に「Population-scale immune multiome atlas reveals regulatory disease mechanisms」が掲載されました。[8]

この研究では、FinnGenの1,108人から得られた約1,000万個の免疫細胞について、遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティを同時に解析しました。

その結果、疾患関連変異がどの遺伝子の調節に作用するかについて、検証可能な仮説が提示されました。

この研究は、現在のFinnGenの方向性を示しています。

従来のGWASが主に「どの遺伝子変異が疾患と関連しているか」を調べていたのに対し、新しい研究では「その変異がどの細胞内で、どの遺伝子の機能を変化させるのか」を調べています。

4.3 治療の個別化に向けた研究

2026年には、血圧降下薬の副作用に関連する遺伝的な予測因子についての研究も発表されており、治療の個別化に向けた応用も進められています。[1]

ただし、遺伝的な関連や分子メカニズムの発見と、実際に新薬や臨床検査が実用化されたことは区別する必要があります。

5. FinnGenの現在の課題

FinnGenは大規模な研究基盤の構築に成功しましたが、研究面でも運営面でも、いくつかの重要な課題があります。

ここでは、論文等で明示されている制約と、今後の運営を考えるうえで重要な課題を区別して整理します。

5.1 研究参加者の選択バイアス

論文で明示された制約です。

FinnGenのコホートには、病院バイオバンク由来の患者が多く含まれています。

このことは疾患関連遺伝子の発見には有利ですが、国民全体の疾患有病率をそのまま推定することには適しません。

2023年のNature論文では、例えば2型糖尿病の割合がFinnGenでは14.5%、全国民レジストリのFinRegistryでは8.2%と報告されました。[7]

これは集団の抽出方法による違いを示しています。

特に発症予測モデル、絶対リスク推定、疾患進行の解析では、症例選択による偏りを補正・検証する必要があります。

5.2 フィンランド以外への結果の一般化

科学的な課題です。

フィンランド固有の集団遺伝構造は強みですが、その特徴が他集団への一般化を難しくする場合があります。

具体的には、次のような問題があります。

  • フィンランドで多い変異が、他国では非常に少ない、あるいは存在しない場合があります。
  • 遺伝的背景や生活環境の違いによって、疾患予測モデルの性能が変化する可能性があります。
  • 発見された遺伝子変異が、他の祖先集団でも同じ効果を示すか検証する必要があります。

FinnGenの基幹論文でも、他の欧州集団では頻度の低い変異について再現検証が難しいことが説明されています。[7]

このため、UK Biobank、Estonian Biobank、BioBank Japanなどとの共同解析に価値があります。

5.3 医療レジストリだけでは表現型が十分でない

研究設計上の課題です。

全国医療レジストリは非常に強力ですが、通常の医療記録だけで病気のすべての特徴を測定できるわけではありません。

例えば、以下の情報は、研究目的に対して十分な粒度で存在しないことがあります。

  • 生活習慣
  • 疾患重症度
  • 細かな臨床所見
  • 治療への反応
  • 患者報告アウトカム

また、診断コードが必ずしも真の発症時点を表しているとは限りません。

FinnGen 3では、この不足を補うために、KANTAレジストリからの検査値、病院で投与された薬剤、医療処置の情報などを取り込んでいます。[2][11]

5.4 遺伝子変異の発見から因果メカニズム・治療へ

現在の研究の中心課題です。

疾患と関連する遺伝子変異が見つかっても、その変異が原因であるか、どの細胞・遺伝子を介して作用するか、介入によって病気を改善できるかは直ちには分かりません。

FinnGen 3がプロテオミクス、免疫プロファイリング、シングルセル解析に投資しているのは、このギャップを埋めるためです。[2]

2026年の免疫細胞マルチオーム研究は、その具体的な進歩に当たります。[8]

次の段階では、分子メカニズムの検証に加えて、創薬標的の妥当性、実際の治療効果、臨床現場での有用性を確認する必要があります。

5.5 プライバシーとデータアクセスの両立

ガバナンス上の継続課題です。

FinnGenのデータには、遺伝情報と長期医療記録という機微性の高い情報が含まれています。

現在の制度では、研究データを仮名化したうえで厳格な環境で解析し、集計結果と個人レベルのデータを区別しています。

また、製薬企業が参加・資金拠出していても、試料や個票データそのものの所有者になるわけではありません。

研究参加者には、バイオバンク同意を撤回する権利も認められています。[1][6][11]

一方、外部研究者による個票レベルの利用は自由なダウンロードではなく、FindataやFINBB等を通じた別途申請・許可を必要とします。[11]

そのため、研究データの安全性を維持しつつ、利用手続きの複雑さや研究者間のアクセス差を小さくすることは、継続的な運営課題と考えられます。

5.6 2027年以降の持続可能性

今後の戦略的論点です。

2027年は現在のFinnGen 3の計画終了年です。

しかし、ゲノムデータと医療レジストリを連結した研究資産は、2027年以降も価値を持ち続けます。

公式説明でも、プロジェクトで得られたゲノムデータはフィンランドのバイオバンクに返され、将来の研究で利用できることが示されています。[1][2]

今後の論点としては、以下が挙げられます。

  • 研究資金の確保
  • 解析基盤の維持
  • 健康情報の継続的な更新
  • データ利用許可の仕組み
  • 商業利用と公共還元を支える運営体制

ただし、これらは持続可能性に関する検討課題であり、FinnGenが現在財政難に陥っている、あるいは2027年にデータ基盤が閉鎖されるという意味ではありません。

今回確認した公式資料では、2027年以降の恒久的運営モデルは確定できませんでした。

6. FinnGenの発展から得られる示唆

6.1 データ資産の形成から臨床的価値の実現へ

FinnGenのこれまでの発展は、次の3つの段階に整理できます。

段階 時期 主な目的・活動
第1・2期:データ資産の形成 2017~2023年 全国の試料と医療記録の統合、50万人規模のゲノム解析
第3期:科学的価値の深化 2023~2027年 疾患進行、治療反応、分子メカニズム、マルチオーム解析
次の段階:臨床的・社会的価値の実現 将来的な論点 創薬、疾患予防、医療実装、研究基盤の長期運営

特に、類似する国家規模プロジェクトの構想を考える際、FinnGenから得られる示唆は次の3点だと考えます。

6.2 新規コホートの募集だけが大規模研究の実現方法ではない

第一に、コホートの新規募集だけが大規模バイオバンク研究の実現方法ではないということです。

既存の医療試料と医療情報を高い品質で連携できれば、比較的短期間で大規模研究基盤を形成できる可能性があります。

FinnGenは、既存の研究資産を連結・統合するアプローチの具体例です。

6.3 データ所有、研究資金、利用権限を分けて設計する

第二に、データを誰が所有し、誰が研究費を負担し、誰が利用できるかを分けて設計することです。

FinnGenでは、バイオバンクを資産の長期的な受け皿とし、大学を研究の責任主体とし、企業を研究・資金面のパートナーとする設計が採用されています。

この仕組みは、公共性と企業による研究開発の両立を考えるうえで重要な参考事例になります。

6.4 データ収集を最終目標にしない

第三に、50万人のデータを集めること自体が最終目標ではないということです。

FinnGenが現在進めているように、疾患の時系列情報や詳細な分子情報を追加して、実際の臨床や創薬に役立つ知識へと変換することが次の課題になります。

大規模なゲノム・医療情報基盤の価値は、データの蓄積だけでなく、そのデータが新しい医学的知識や具体的な医療上の価値をどれだけ生み出せるかによって評価されるべきだと考えます。

7. まとめ:FinnGenはどこへ向かうのか

FinnGenは、2017年の開始から2023年までの約6年間で、大規模なゲノム・医療情報基盤を構築しました。

2026年現在は、その基盤を用いた疾患機序の解明へと進んでいます。

FinnGenを特徴づけるのは、単なるデータ規模ではありません。

国内の医療情報基盤、バイオバンク制度、集団遺伝学的な特徴を、製薬企業との共同研究モデルに結びつけたことにあります。

その意味で、FinnGenはUK Biobankの単純な再現ではなく、フィンランド独自の制度・研究環境を活用して構築された国家規模のゲノム研究プロジェクトとして捉えるのが適切でしょう。

一方、今後を評価するうえでは、研究参加者の選択バイアス、集団間での一般化、医療レジストリの限界、プライバシー保護、長期的な運営体制などについて、継続的な取り組みが必要です。

そして何より重要なのは、発見された遺伝子関連の数以上に、それらがどれだけ再現可能な病態理解や診断・予防・治療の改善につながったかという点です。

FinnGenの今後の発展は、大規模ゲノム研究がどのように医学的・社会的価値を生み出していくのかを考えるうえで、重要な事例になると考えます。

参考文献

[1] FinnGen, “Summary & Goals,” FinnGen公式サイト. https://www.finngen.fi/en/summary_and_goals

[2] FinnGen, “FinnGen 3 (2023–2027),” FinnGen公式サイト. https://www.finngen.fi/en/finngen3

[3] FinnGen, “Funding,” FinnGen公式サイト. https://www.finngen.fi/en/funding

[4] FinnGen, “FinnGen Handbook,” FinnGen Documentation. https://docs.finngen.fi/

[5] FinnGen, “Access Results,” FinnGen公式サイト. https://www.finngen.fi/en/access_results

[6] Finnish Biobank Act, バイオバンク制度に関する法的資料(2013年)。関連制度および運用情報はFinnGen公式資料・Handbookを参照. https://docs.finngen.fi/

[7] Kurki, M. I., et al., “FinnGen provides genetic insights from a well-phenotyped isolated population,” Nature, 613, 508–518, 2023. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9849126/

[8] Kanai, M., et al., “Population-scale immune multiome atlas reveals regulatory disease mechanisms,” Nature, 2026. https://www.nature.com/articles/s41586-026-11078-2

[9] UK Biobank, “Our History,” UK Biobank公式サイト. https://www.ukbiobank.ac.uk/about-us/our-history/

[10] UK Biobank, 研究対象者、データ内容、研究利用に関する公式資料. https://www.ukbiobank.ac.uk/

[11] FinnGen, “FinnGen Handbook,” データ収集、ゲノム解析、研究データアクセス、プライバシーに関する技術・運用資料. https://docs.finngen.fi/